とくみつのひきこもり相談ブログ

7年3ヶ月ひきこもり無職の後、働き始めました。
ひきこもり無職の間、怖い経験をしました。
このブログは自分と同じ目に遭ってほしくないという思いで立ち上げました。

幻聴に殺されそうになった話-5「迷走」

「聞こえてるって言って」
 死神かもしれない幻聴さん。
(やめろ! 助けてくれ!)
 人工精霊を作ったかもしれないおびえる男。
(ニートワイマシンオオサカダヨ)
 僕の声を復唱し何も言わなければ実況している機械のような子供。
 常に誰か喋っている。賑やかだなあ。
(早く帰ってきてくれよ!)
 男が情けない声を出した。
 とにかく広島の両親の所で一泊するから我慢してくれ。
(もう待てねーよ!)
 明日帰るから静かにしてくれ。
(絶対だぞ! 絶対に明日帰れよ! じゃないと恨むぞ!)
 分かったからもう声出さないでくださいよ。
(絶対だぞ!)
 そう言ってようやく男が黙った。


「聞こえてるって言って」
 幻聴さんは会話していない時はずっとこれだ。

飽きもせずよく言うなあ。はいはい聞こえてる聞こえてる。
「本当に?」
 はいはい聞こえてる。
 最初は恐る恐る言っていたが子供が復唱するだけだったので

こっちもテキトーに相槌を打つようになっていた。
 新幹線が岡山駅に差し掛かった頃、別の異変が起きた。

それは車内アナウンスが流れてきた時だった。

『今日も、新幹線を…ブツッ』
 え?
『ゴ…ニ…マ…アリガ…キ…セ…』
 車内アナウンスがまともに聞き取れなくなっていた。
 なんだこれ。これも幻聴さんの仕業なのか。
「だいぶ進行しているね」
 何が?
「なんだと思う?」
 もしかして僕の頭に脳腫瘍でもあるのか?
 幻聴さんは溜め息をついた。
「もう手遅れだな。いやまだ間に合うかも?」
 脳腫瘍かもしれないのか。過去10年間風邪など引いたことが無く健康には絶対の自信を持っていたが無職の間は健康診断を受けたことは一度も無かった。
 やはり無職は脳に相当なストレスがかかるんだな。
「いやそうなんだけどさ……」
 幻聴さんの様子が変わった。
 すぐに病院でCTスキャンをしてもらった方がいいか。
「ああ……うん……」
 幻聴さんもしかして焦ってる?
「焦ってねーよ」
 明らかに様子が変わった。これは僕が助かりそうになって焦っているのか。
「ちっ、じゃあもうそれでいいよ」
 いや待てよ。保険証を持っていない。健康保険料はちゃんと払っていたが最新の保険証は持ってきていなかった。これでは広島の病院に行けない。こっちでCTスキャンするのは諦めるか。
 幻聴さんはまた溜め息をついた。


(ニートガヒロシマニツイタヨ)
 新幹線が広島駅に到着した。この時も車内アナウンスはまともに聞き取れなかった。
もう日は沈んだ後だ。改札を出ると幻聴さんが不意に話しかけてきた。
「両親に無事会えるといいね」
 いきなり何を言い出すんだ。
「道分かるの?」
 一人で広島に来るのは今回で2回目だが多分なんとかなるだろう。
 この時自分が間違いを犯していたことにまだ気付いていなかった。
 駅を出ると辺りはもう真っ暗だった。路面電車に乗ろうとしたがどこにも見当たらない。あちこち工事中だ。あれ? 駅前ってこんなだったっけ。まあいいや方向は分かる。
「歩いていくの? 大丈夫?」
 大丈夫大丈夫。
 両親にもうすぐ会えるという安心感からか大した根拠も無く妙に楽観的になっていた。


 だが大丈夫ではなかった。歩いても歩いても見たことの無い景色が続いた。
(ニートガマヨッテル)
 どうしよう。完全に迷った。あっちこっち曲がったために来た道も分からなくなった。
 1時間ほどさ迷った後に遠くに高架の電車が見えた。
 それを目指して歩き出した。
(ニートガモドッテル)
 どこかの橋を渡っている時に幻聴さんが話しかけてきた。
「これからどうするの?」
 どうって両親に会うんだよ。
「もっと後のことだよ。幻のヤクザに殺されそうになって、
 いたずらで110番して、いい年こいて迷子になって。
 これからもずっと同じような目に遭うかもしれないんだよ?」
 そんなのいやだ。
「嫌だよね? ほら、いっそこの川に飛び込んでしまえば楽になると思わない?」
 いやだ。死にたくない。
「ニートが一人この世から消えたって社会には何も問題ないよ」
 作りたい作品があるんだ。それを作るまでは死んでも死に切れない。 
「お前の作品なんてもう誰も待ってないよ」
 たとえ誰にも見向きされなかったとしても自分が生きていた証を残したいんだ。
「でもそれを作ったってどうせ働かないんだろ?
 お前は無職のままでいる理由を探しているだけなんだ」
 僕が死んだら両親が悲しむ。
「はあ? お前本気で言ってるの?」
 当たり前だろ。子供が死んで悲しまない親がいるのか?
「無職で社会的に死んでいるお前を見て親が悲しんでいないのか?」
 幻聴さんにぐうの音も出ないほどの正論を言われてしまった。
 じゃあどうすればいいんだよ。問いかけたが幻聴さんは答えてくれなかった。
 どうすれば……。


 答えが出ないまま歩いていたら駅が見えてきた。助かった。
近くまで行き駅の名を見たら新白島駅と書いてあった。
 よし、ここから広島駅へ向かえば大丈夫。切符を買おうと路線図を見た。
 無い。広島駅がどこにも見当たらない。
 こんなことってありえるのか? 広島市の電車は全部広島駅に行けるはずだろ?
動揺のあまり立ちすくんでしまった。
 どうしようどうしようと思っていると海外から来た観光客のつぶやきが聞こえた。
「ホンドオリ?」
「ヤー」
 本通り……。そうだ、本通は路面電車が走っている所だ。本通まで行けば道が分かる。本通までの切符を買った。幻聴さんが呆れたように話かけてきた。
「お前馬鹿だろ。なんで駅員に聞かないの?」
 広島駅見当たらなかったし、なんだか駅員さんに悪いかなと。
「だから馬鹿なんだよ」


 電車を待っている間、エスカレーターのアナウンスをただ聞いていた。
『エスカレーターで、ナ…ニエ…アンドロイド…キ…』
 やはりアナウンスはもうまともに聞き取れない。つかアンドロイドってなんだ。
かろうじて聞き取れた単語もすり替わっているとか重症だな。
「その割には発狂したりしないんだね。普通ならとっくに壊れてるよ」
 幻聴さんは僕がぎりぎり踏みとどまっていることが不思議なようだった。
 確かにつらいよ。大変だよ。でもこんな経験なかなかできないからな。
そういう意味では貴重な経験をしてるともいえる。
「一生このままでもいいの?」
 それは困るけど幻聴さんとの会話を楽しんでいる面もあるから。
「重症だな」
 重症だね。でも自覚してるだけマシなんじゃないかな。
「ニートのくせに冷静だな」


 電車に乗り本通へ到着すると両親がいるマンションへ歩き出した。
「なんで路面電車使わないの?」
 いやもう道分かるし。
「やっぱりお前馬鹿だ」
 いくら僕でもここからなら迷子にはならない。
 ようやく両親がいるマンションにたどり着いた。
 本来なら30分もあれば着くのに広島駅に到着してから結局2時間かかった。


 つづく


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幻聴に殺されそうになった話-4「幻聴」

 幻聴から解放され少し眠ることができた。
 目が覚めると、


「聞こえてるって言って」


 ぞっとした。突然のことに全身に鳥肌が立ち大量の冷や汗をかいた。今まで聞いた幻聴の中で一番はっきり聞こえた。もう現実の声と区別ができない。
 恐ろしく抑揚を落としたその声はこう言うと失礼かもしれないが声優の皆川純子さんか高山みなみさんのような声だった。
「聞こえてるって言って」
 繰り返し抑揚の無い声で言われた。
「聞こえてるんでしょ? 聞こえてるよね?」
「お前は誰だ?」
 こう問いかけたらこれでもかと悪意が混じった喋りを始めた。
「お前? お前って……ハハッ、いいのかな? そんなこと言って」
 なんだ? いったいなんなんだ?
「なんだと思う?」
 こいつ、とすら言ってはいけない。逆らってはいけない。衝突してはいけない。なぜだか分からないが本能でそう感じた。
「ねえねえなんだと思う?」
「天邪鬼?」
「ある意味そうかもね」
「悪魔?」
「悪魔ぁ? それもいいねえ悪魔ぁ」
 発する単語の一つ一つに悪意が篭もっている。
「いたずら好きの神様?」
「惜しい! かも!」
 もう一つ思い付いていたがとても口には出せなかった。

「死神」と。もしそうなら自分の命は長くない。


「……幻聴さん」

「ん?」
「とりあえず幻聴さんと呼ぶ」
「まんまだな。まあいいけど」
 正解を知るのが怖かった。
「じゃあこの声が聞こえる?」
 幻聴さんがそう言うと虐待されているあの子供の声が聞こえてきた。
(出して! ここから出して!)
 なんだ!? 助かっていないのか!? 母親だけ助かったのか?
虐待していると思われた父親の声も聞こえてきた。
(気付くのが遅すぎるんだよ! お前今まで騙されていたんだよ!)
 なんだって。じゃあ母親は?
「あれ俺。ついでに途中の他の声も全部俺」
 幻聴さんはあっさり答えた。
「騙したの?」
「そう。……ぷっ、あっはっはっは!」
 幻聴さんはまた悪意たっぷりに笑った。

 その悪意は今まで生きてきた中で最も苛烈なものだった。
「ねえねえどんな気持ち? 怒った? ニート怒った?」
 だが不思議と怒りは湧かなかった。そうか。騙されていたのか。
「あれ、怒らないんだ」
 幻聴さんは少し意外そうだった。
「じゃあ状況は分かる?」
 何も解決していないってことだけは分かる。
「聞こえてるって言って」
 またか。素直に言う気にならない。父親の方はもうひどくおびえている。
(助けてくれるって言ったじゃねーかよ!)
 はい? あなたには助けるとは一言も言ってないが。
(言ったよ!)
 なんなんだ? そういえば子供の声がまた聞こえなくなった。
「聞こえてるって言って」
 幻聴さんはずっと同じ言葉を繰り返している。
「聞こえない」
 と言ってみた。
「つまんねー奴だな。聞こえてるって言って」
 このままじゃ埒が明かない。ここまで幻聴がはっきりしているようじゃ
解決は無理かもしれない。こうなったらとことん付き合ってやろう。腹をくくった。
「聞こえてる」
(キコエテル)
 また全身に鳥肌が立った。
 合成音声のような声の主は虐待されていると思った子供だった。
(うわあああ!)
 父親が悲鳴を上げた。
 もう一度「聞こえてる」と言ったらまたその子供は
(キコエテル)と言った。
 これは僕の声を復唱しているのか。


「少しは真実に近づいたかな」
 幻聴さんは楽しそうだ。

 これは父親と思われる男が人工精霊かタルパみたいなのを作ったのか?
「半分当たり」
 半分? いや幻聴さんの言うことを鵜呑みにするのはまずい。
だが人工精霊だとしたらそれが暴走しているのか。
(なんとかしてくれよ!)
 男はもう大人とは思えないほどおびえている。なんとかしてくれと言われても僕は今新幹線の中で広島に向かっている。
(なんで新幹線にいるんだよ! ありえねーだろ!)
 あなたに殺されると思って逃げた結果だ。なんとかしたいのはやまやまだが解決するには実際に会うしかないかもな。
「というかあなたはなんで逃げないの?」
(お前新幹線にいるんだろ?)
「はい」
(聞こえてるんだろ?)
「はい」
(どんなに離れても聞こえるんだよ!)
 逃げても意味無いってことね。
(ニートワイマキョウトダヨ)
 なんか実況し始めた。


 つづく


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幻聴に殺されそうになった話-3「逃亡」

 2月7日朝。一睡もできてないにも関わらず殺されそうになった恐怖で全く眠くなかった。とにかく逃げよう。でもどこに行けばいいのか。両親がいる広島しかない。
 すぐに身支度を整えて出ようとしたが玄関の中で躊躇した。もしヤクザが潜んでいたらどうしよう。ヤクザがいるのは間違いない。110番通報した。
 完全に冷静さを欠いていた。振り返ってみれば馬鹿なことをしたと思う。
現実では無職がいたずらで110番したようなものだったから。完全に税金の無駄だ。
 通報するとオペレーターのお姉さんが出た。
「はい警察です。何がありました?」
「虐待されている子供がいて……」
「虐待ですか」
「それで命を狙われていて……」
「子供がですか?」
「いえ私が」
「あなたが? どうしてですか?」
「実はその虐待している親がヤクザっぽくて」
「ヤクザ?」
 かなりグダグダなやり取りが続いた。
「とにかく信じてください。助けてください」
「はい……分かりました。管轄の者を向かわせます」
 これいたずら電話だと思われてしまったか? もし来なかったらどうしよう。
警察官が来るまでの15分間がとても長く感じた。


「○○警察署の者です。お話を伺いに来ました」
 警察官の声を聞いた時、心底安堵した。ひとまず命がつながった。パトカーの中に案内され二人の警察官に事情を説明した。
「では実際に虐待されている子を見たというわけでは無いのですね?」
「はい。声だけです」
「グレーの状態だと警察官は踏み込めないということを理解してくださいね。
 これからマンションの他の住人に聞き込みをします。あなたはどうしますか?」
「しばらく帰りません」
「そうした方がいいでしょうね。我々もあなたに24時間付くわけにもいきませんし」
 マンションに警察官が入っていくのを見届け、駅に向かった。
 マンションから離れれば子供の声が聞こえなくなると思ったが考えが甘かった。
(ニートが逃げた! ニートはここにいるよ!)

 子供の思念はどんどん強くなっているようだ。


 新幹線に乗る前に教会の先生に一言伝えなくてはと思った。両親がある宗教をやっている関係で自分もその宗教に所属していたからだ。
 ちなみに僕はそれまで神様を信じていなかった。
 教会に向かう途中に周りから声が聞こえてきた。
「ニートがいる」
「え? ニート?」
「ニートが逃げてるんだって」
 驚いて周囲を見渡した。周りにいる人達がみんな口々にニートと言い始めたからだ。
 子供の思念が他の人達に広がっている!?
 子供はというとニートが逃げてる、とひたすら連呼していた。


 先生に会って事情を説明した。説明している間も子供はニートは今教会だよ、と連呼していた。先生は突拍子も無い僕の話を真面目に聞いてくれた。

「自分だけ助かろうと思ってはいけません。

 その子供と家族の幸せも一緒に祈ってあげなさい」

 先生にそう解説されすぐに広島に行きなさいと言ってくれた。

 あいさつもそこそこに新横浜駅に向かった。


「ニートが逃げてる」
 駅に向かっている間も子供の連呼と周囲の人達への伝播は止まらなかった。
新横浜駅に着くと睡眠不足と空腹で意識が朦朧としてきた。
 新幹線の中で食事する気は無かったので飲食店で軽い食事を済ませた。
食事をしている間も新幹線に乗った後も声が聞こえ続けた。
 参ったなあ。
「参ったって」
 ん? 
「聞こえてる」
 と言ってみた。
「聞こえる~。なにこれ不思議~」
 僕の声も周囲に伝わるようになっていた。これは使えるんじゃないか。
「メゾンド○○で虐待! メゾンド○○で虐待!」
「虐待だって」
「聞こえる聞こえる」
「メゾンド○○で虐待?」
 どんどん聞こえる人が増えていく。
(おかしいだろ! ありえねーよ!)
 父親が狼狽している。
「自首しろ! 聞こえる人が増えていくぞ」
(そんなのできるわけねーだろ! やめてくれよ!)
 いつの間にか父親とも会話できるようになっていた。
「メゾンド○○で虐待! 近くにいる人は通報してください!」
(やめろ! やめてくれ!)
 そんなやり取りを1時間ほどやったころ母親の声が聞こえてきた。
(ニート聞こえる? もうやめて!)
 あなた達が助かるまで続けるよ。
(大丈夫! もう大丈夫なの!)
 え? もしかして。
(助かったぁ!)
 ほんとに? そういえば子供の声が全然聞こえない。
(ありえねーよ! 今警察だよ!)
 父親が叫んだ。本当に助かったのか。
 母親は嬉しそうだ。
(助けてくれてありがとう)
 いや遅くなってごめん。
(ニートいい人)
 ニートは余計だ。


 子供の声も父親と母親の声も聞こえなくなった。
 もう幻聴は聞こえない。広島の両親に会えたら解決したことを報告しよう。
そう思いながら心が穏やかになったのだった。


 つづく


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アクセスありがとうございます。

最初は誰もアクセスしないだろうと思っていたのに

意外と見ていただけた方が多く嬉しく思います。


現在幻聴は普段は聞こえなくなっていますが

何か間違いを犯そうとした時ひょっこり顔を出して

「ちょっと待て」と言ってくる存在になっています。

それで今朝言われたことがこれです。


「まずは仕事に集中しよう。
 ブログなりなんなりやりたいことがあっても
 仕事に影響が出るようならやってはいけない」


仕事はずっと緊張しっぱなしで疲労が溜まっていました。

ブログは無理せず更新していければと思います。

幻聴に殺されそうになった話-2「恐怖」

 それから一晩経ち、2月6日。子供の悲鳴で目が覚めた。
時計を見ると昼を過ぎていた。だが虐待は朝から始まっていたようだ。
(助けて! ニート助けて!)
(黙れと言ってるだろが!)
 父親の思念も直接届くようになった。
「やめろ!」
 つい声が出てしまった。しかしこっちの声は父親には聞こえてないようだ。
(助けて! 4階に来て!)
 僕が住んでいる部屋は2階だ。どうする。近くまで行けば直接聞こえるかもしれない。
 迷っている間にも虐待が続いている。なんとかしてやりたいが自分は無力だ。
虐待が収まる気配が一向に無い。このまま放っておくと本当に死んでしまうかもしれない。
(死ぬ! ぎゃあああ!)
 段々怒りが湧いてきた。なぜ血を分けた自分の子供にそこまでひどい事ができるのか。
(ニートが怒ってる! ニート助けて!)
(黙れ! ニートなんかいねえよ!)
「やめろ!」
 衝動的に着替えて4階に上がった。なぜそうしてしまったのか自分でも分からない。
しかし4階に上がると声が全く聞こえなくなった。
 声を出してくれ。暴れて音を出してくれ。そう念じたがそれでも聞こえない。
 1時間は経っただろうか。マンションの管理人がやって来た。
「どうしたのですか?」
「虐待されている子供がいて……声が聞こえませんか?」
「いや聞こえないなあ」
「何か他の住人から虐待されている子がいるという話は聞いたことありませんか?」
「いやそんな話聞いたことない」
 どうなっているんだ。あんなにはっきり聞こえていたのに。
 自分の部屋に戻るとまた声が聞こえてきた。父親の声だ。それに子供の声が続く。
(なんでニートが来たんだよ! ありえねーだろ!)
(ニート助けてよ! なんで近くまで来たのに助けてくれないの?)
 近くまで行ったら声が聞こえなくなったんだよ。
(ぼくの声が聞こえないの!?)
「聞こえてるよ!」
(じゃあ助けてよ!)
 再び4階に上がったがまた聞こえなくなった。なんでだ……。
自分の部屋に戻り子供に問いかけた。何号室にいるのかと。
(分からないよ!)
 どうすればいいんだ。
(助けてくれるって言ったのに! ニートは嘘吐きだ!)
 いやなんとかしてやりたいとは言ったが助けるとは……。
(嘘吐き! 嘘吐き! 嘘吐き!)
 ごめん。所詮無職の自分には何もできなかったんだ。
(ニート許さない! 許さない!)
 なんだ? さらにはっきり聞こえるようになった。そして別の声が聞こえてきた。
(聞こえる? ニート聞こえる?)
 この声は虐待されている子供の母親だ。母親もテレパシーを使えるのか。
(ごめんね。もう私達には構わないで)
 なんで?
(分かったでしょ? あの人には私達の心の声が聞こえないの)
(ニートは助けようとしてくれた。それで充分だから)
(だからもう声が聞こえても一切無視して)
 これほど自分の無力さに打ちのめされるとは思わなかった。
 力になれなくてごめん。
(いいの。私達の事は忘れて)
 本当にごめん。
(いいの。ニートいい人)


(絶対に許さないよ)
 全身に悪寒が走った。子供の思念がどす黒く染まっていくような感じがした。
(お父さん。ニートがお母さんを誘惑したよ)
 おい何を言ってるんだ!?
(なんだと? おかしいと思ったんだ。お前がニートなんて言葉を知ってるはずない)
(全部あいつの仕業だったんだな。)
(……おう俺だ。処理したい奴ができた。すぐに集まれ)
 処理ってなんだ? そう思うが早いか母親が絶叫した。
(ニート早く逃げて! あの人ヤクザなの!)
 全身から冷や汗が吹き出した。
(黙れ!)
(ニートは関係無い! 命だけは助けて!)
(やっぱりニートはいるんだな! お前の目の前で殺してやるよ)
(ニート早く逃げて! 逃げて!)
 なんでこんなことになってしまったんだ。恐怖のあまりもうどうすればいいか分からなかった。今出て行ったら殺される。布団に潜り込み息を潜めるしかなかった。 


 ほどなくしてヤクザの仲間が集まった。いる。2階の廊下にヤクザ達がいる!
夜中になっても2階の廊下がばたばたと騒がしかった。

(どうか見つかりませんように!)

 布団の中でひたすら祈った。

 まだ寒い時期なのに全身が冷や汗でびっしょりとなっていた。

 勝ち誇った子供の声が聞こえてくる。
(生きてて楽しい? なんで生きてるの? 早く死ねよ。殺してやろうか?)
「勘弁してください! 許してください! 死にたくない! 死にたくない!」
 そんなやり取りが一晩中続き、ついには一睡もできなかった。外がすっかり明るくなり扉の向こうにいたはずのヤクザ達の気配がいつの間にか消えていた。
 なんとかしてここから逃げるしかない。


 つづく


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