とくみつのひきこもり相談ブログ

7年3ヶ月ひきこもり無職の後、働き始めました。
ひきこもり無職の間、怖い経験をしました。
このブログは自分と同じ目に遭ってほしくないという思いで立ち上げました。

幻聴さんから教えられたこと

ここでは本編で省略した幻聴さんから教えられたことを綴ります。



自分の短所や欠点を駄目と言ってはいけない。
いちばんいけないのは自分で自分を否定してしまうこと。
だから自分には至らない点があるけどそれも自分であると認め
その至らない点も含め全部自分であることを受け入れ
一緒に幸せになろうと考えるのが幸せへの近道である。


なぜ最初は悪意しかなかったのか。
最初にとくみつが「お前は誰だ」と言ってしまったから。
あれは究極の自己否定だ。二度と言うな。


父に反論する形で「期待外れじゃ無い」と言った理由。
親が子を否定するのは自分で自分を否定する以上にあってはならないこと。
だから幻聴さんとしてもなりふり構ってられなかった。


虐待されていると勘違いし4階まで行ったけど
無力な無職が何をするつもりだったのか。
もし扉の向こうにいるのが本物のヤクザだったら死んでいた。


違和感を覚えたらなぜそう感じたのかよく考えること。
理由が分かるまで下手に動いてはいけない。
その違和感を無視して行動したら必ず失敗する。


お金は使った時に初めてお金としての価値が生まれる。
使わないお金はただの物。
だからといって散財して良いというわけでは無い。
自分の身の丈に合ったお金の使い方を常に考えるのが大事。


投資はできればやらない方が良い。
例えば投資で大儲けしたとする。
大儲けできたということは同時に大損した人も存在するということ。
中には破産してしまった人もいるだろう。
そしてそのために電車に飛び込んでしまった人もいるかもしれない。
投資で大儲けするということは間接的な人殺しにもなりかねないのだ。
株価が上がって儲けることができたとしても自分の徳という株価は下がってしまう。
だから投資はできればやらない方が良い。
誤解してほしくないのは投資自体は悪いものでは無いということ。
投資家がいなければ経済は回らない。投資は経済の勉強にもなる。
だから投資するなら自分の生活に影響が出ない小額でやるのが望ましい。
重要なのは利益が出たらその利益分だけすっぱりと使い切ること。
これが正しい投資のありかたである。


暴力的で攻撃的な言葉は発してはならない。
言霊という言葉があるように言葉にはそれ自体に力が有る。
一旦発した言葉は全ての方向に向かっていく。
暴言は発したら相手に向かうと同時に自分にも向かってくる。
言えば言うほど自分も傷付いてしまうのだ。


外人という言葉はなるべく避けた方が良い。
海外の方の中には外人と呼ばれるのを嫌う人も実際にいらっしゃる。
言霊的に見ると害人と同じ発音だからだ。
だから海外の方と言うべきである。


攻撃的な性格はトラブルを引き起こしがちだけど完全否定してはいけない。
攻撃的な思いはすなわち闘争心だから。
この闘争心は困難に立ち向かっていく原動力になる。
攻撃的な自分が現れたらそれは困難に立ち向かう力が湧いていて
今自分が直面している困難に向かって解決してやろうと現れているのである。


怠け心は非常に厄介だがこれも否定してはいけない。
自分の肉体も自分の一部であり疲れたときに休もうと働くのが怠け心。
怠け心が働かないと肉体が限界で悲鳴を上げてるにも関わらず

無理をしてしまうことになる。

怠け心には普段おとなしくしてもらい

時として肉体の限界を知らせてくれる便利な物にしたい。


自販機にて釣り銭を漁っている人がいる。
その人からも学べることがある。
その人は生きるために釣り銭を漁っている。
その生きるための必死さは見習わなくてはならない。
しかし安易にその人に施そうとか考えてはいけない。妙な縁が付くだけである。
生きようとする姿勢は見習おう。


医者に紹介状を書いてもらったがもう病院に行かなくて良いのか。
紹介状が無駄になってしまった事にはお詫びしなければならないが
診察には予約が必要でその予約もいっぱいである。
患者が一人来なくなったところで医者は気にしない。
むしろ医者の手間が患者一人分減ったと考えるべきである。


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幻聴に殺されそうになった話-余「病気」

 2月9日。自分の心に向き合い前に進み始めた。
 朝の5時に目が覚めた。
「起きて」
 幻聴さんに促されて起きる。もうちょっと寝ていたかったが。
「病院に行くんだろ。だったらもう起きろ」
 朝食を済ませ風呂に入った。3日ぶりの風呂だ。
 風呂と言っても湯に浸からず石鹸とシャワーで済ます程度だが。
 時間はまだ7時。
「ネットを見ろ」
 ネットで調べると診察の受付は11時までだった。
「早く起きて良かっただろ」
 午後からでもいいと考えてたが幻聴さんの言った通りだった。


 すぐにマンションを出て駅に向かう。
 朝日が眩しい。こんな青空を見たの何年ぶりだろうか。
「無理はするなよ」
 分かっている。体は疲れているがゆっくり歩けばいい。
「まあ良い運動になったろ。リハビリみたいなもんだ。
 そう考えれば歩かされたのも悪くないだろ?」
 幻聴さんが言った善悪の岐路に立てというのはこういうことか。
 一見自分にとってつらい出来事でも心の持ちようで変えられる。
 電車を使い病院がある駅で降りた。病院はその駅から北の方にあるので北口から出た。
 バスはどこだろう。少し歩いたが見当たらない。
「同じ失敗を繰り返すなよ」
 交番に行き警察官にバスの場所を教えてもらった。
「バスは南口から出てますよ」
「ありがとうございます」
 お礼を言って南口に行きバスに乗った。


 病院前でバスから降り病院に入って受付を済ませた。
 脳神経外科を希望したが精神科に回された。
 初診のため2時間待たされることになった。
 待っている間、子供の心が愚痴をこぼし始めた。
(ねえもう帰ろうよ。脳腫瘍なんて無いよ)
 もう少しだけ我慢してくれ。
(帰ろう。帰ろうよ!)
 ばん! と大きな音がした。
 この音は……幻聴だ。
(いやだあああ! 帰る! 帰れ!)
 尋常ではないほど子供の心が暴れだした。
(おいどうすんだよ! もう押さえられない!)
 自制心もお手上げのようだ。
 子供の心は病院の壁という壁を叩き出した。
 バットかハンマーのようなもので壁を壊そうとガンガン打ち付けている。
 この叩く音も幻聴なのだが今までと違うのは振動波まで皮膚に感じるようになってしまった。なんてこった。とうとう幻覚まで現れた。
 なんでここまで……。幻聴さん。
「あれ? まだ迷ってるの? じゃあしばらくそうしてな」
 幻聴さんは突き放した。分かってはいたがつらい。
 耐えてはいたが子供の心の暴走は止まらない。
(医者なんて信じられない! とくみつだってそう思うだろ!?)
 やめろ。
(だってここは……!)
 やめろ。それ以上言うな。
(ここは兄貴が死んだ病院じゃないか!)
 そうだ。兄貴は5年前に癌のため35歳という若さで亡くなった。
 思い出すなという方が無理だ。
 兄貴は癌が発覚した時すでに末期だった。治療しなければ余命半年。
 それから1年延命できたんだ。医者に感謝するべきなんだ。
 それでも兄貴の最期は悲惨だった。最期は肺から出血し血を大量に吐いて窒息。
 苦しみながらこの世を去った。
「それに比べたらとくみつは恵まれてるよな。なんせヤクザはただの幻だったんだから」
 ヤクザに殺されるかもしれないという恐怖は本物だったがそれは杞憂だった。
 でも兄貴は違う。兄貴は僕の受けたそれよりもはるかに上回る恐怖と苦痛を受けて死んだんだ。兄貴ごめん。兄貴に比べたら幻聴なんてかわいいもんだよな。
 暴れる子供の心を為すがままにさせた。


 1時間耐え切り診察を受けた。
 問診を済ますと医者はまず親に電話させてくれと言った。
 電話を終え医者の口から出た言葉は僕の予想から外れていたものだった。
「落ち着いて聞いてください。あなたは統合失調症の疑いがあります」
 僕の中で歯車のようなものが噛み合う感じがした。
「この病気の治療は家族の協力が不可欠です。
 紹介状を書きますのですぐに広島へ行ってください。お薬も出します」


 帰りのバスの中で子供の心が勝利宣言をした。
(ぼくの勝ちだ! だから帰れと言ったんだ! とくみつは統合失調症! 
 精神病患者だ! 精神異常者を雇う会社なんてどこにも無いよ! ざまあみろ!)
 果たしてそれはどうかな? 幻聴さん、解説は要らない。
「ん、ならいい」
 さすが医者はその道のプロだ。統合失調症。なるほどね。
 なぜ統合失調症という名前なのか実際なってみて理解できた。
 その名の通り意識の統合が失われる。脳の一部が完全に独立して動いてしまうんだ。
 そして自分の奥底に眠る知識を引っ張り出してくることもある。
 だから他人の声と勘違いしてしまう。会話が成立してしまうんだ。
(それが分かったからなんだというんだ!)
 子供の心は分からないか。統合失調症の怖い所は現実の声と区別が付かない所にある。
 でも僕は違う。今では現実の音と幻聴の音は全て区別できる。
 だから全く問題無いんだよ。
(そんな……)
 子供の心は急に大人しくなった。
(もうニートのとくみつじゃないよ……)
(諦めろ。一緒に喜ぼうぜ)
 自制心の言う通り。子供の心も僕なんだから一緒に幸せになろう。
 統合失調症だと気付けたんだ。遅くない。大丈夫。これからこれから。


 そのままハローワークまで行きその日の活動を終えた。
 親とは電話で話し合い絶対に大丈夫だからと伝えた。


 2月10日。
 ネットで求人情報を漁る。在宅ワークとかもいいかもな。
「在宅でも一応解決になるけど人と顔を合わせて仕事した方が回復は早いよ」
 幻聴さんの言う通りだ。データ入力の仕事にエントリーした。


 2月11日。
 エントリーした派遣会社と電話をする。
 携帯電話を持ってないという理由でお断りされる。時代に取り残されたか。
 でも縁が無かっただけだ。次に向かえばいい。大丈夫。これからこれから。


 2月17日。
 別の派遣会社に行き登録する。データ入力の仕事にエントリーする。
 明日連絡が無ければ書類選考に落ちたと思ってくださいと言われた。
 絶対に落ちると思った。


 2月18日。
 担当から電話が来た。
「ちょっとお聞きしていいですか?」
「はい」
 なんなりと。
「直近で7年間仕事をされてなかったようですが、
 バイトもやっていなかったのですか?」
「はい、ひきこもっていました」
 正直に言った方が気が軽い。
「なぜ働こうという気になったのですか?」
「社会とつながっていないと本当に駄目になると思ったからです」
「……分かりました。急な話で申し訳ありませんが明日顔合わせできますか?」
「はい」
 顔合わせできると思わなかったが何事も経験だ。


 2月19日。
 派遣先に行き顔合わせをする。優しそうな上司だった。
 顔合わせをした後、派遣元の担当からここで働くか聞かれた。
「やります」


 2月22日。
 就業開始日。
 派遣元の担当と一緒に派遣先に行く。
「緊張していますか?」
「7年ひきこもっていましたからね。不安が無いと言えば嘘になります」
「働こうとするのは怖くなかったですか?」
「働かない方がもっと怖いです」
 職場の扉の前まで来た。
「お預かりします」
 派遣先に引き渡された。
 ここからまた大事な一歩となる。


 3月26日現在。
 今も働くことができている。
 今では幻聴はほぼ聞こえない。何かあるとちょっと音を鳴らす程度だ。
 結局医者に掛かったのは初診のみ、薬も使わなかった。
 悪夢のような出来事だったがこうして働けるようになったのだから
 僕にとって良い事だった。本当に良い経験をした。
 大丈夫。これからこれから。


 -おしまい-


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幻聴に殺されそうになった話-終「真実」

 横になり眠りに落ちようかという時、幻聴さんが話しかけてきた。
「答え合わせをしようか」
 答え合わせ?
「聞こえてるって言って」
 幻聴さんの声は相変わらず厳しかったが悪意は全く感じられなかった。
「聞こえてる」
 言われた通りに言った。
「本当に?」
「聞こえてる」
「ごめんねって言って」
「ごめんね」
「もっと言って」
「ごめんね」


 声が聞こえてきた。子供の声だ。泣いている。
(痛い、痛いよ!)
 幻聴さんが問いかけた。
「なんで痛いの?」
(とくみつが働かないからだよ!)
 全身に衝撃が走った。
「やっと聞こえたね。そう。あの子供はもう一人のとくみつ。
 虐待していたのはお前自身だったんだよ」
 これが真実……。
「子供の正体はとくみつにある子供の心。我欲の塊。怠け心。
 それゆえに心の核のすぐ傍にあるんだ。
 無職はたった一日何もしないだけで信じられないほど傷付くんだよ。
 ずっと悲鳴を上げていたのに聞こえない振りをしていたんだ」
 あの体が切り裂かれるような悲鳴を上げるほど僕の心は傷付いていたのか。
 続いて男の声も聞こえてきた。こっちも泣いている。
(頼むから黙ってくれよ……)
「男の正体はとくみつにある闘争心と自制心。外に向ける力と内に向ける力。
 悲鳴を上げる子供の声を必死に抑えていたんだ。
 でもそれは余計に深く傷付くだけだった」
(頼むから働いてくれよ……こんな事に力を使いたくねーよ……)
「男を内に押さえつけ虐待していたのもとくみつ、お前自身だ」
 ただ呆然と幻聴さんの言葉を聴くしかなかった。
「自分の本当の心の声が聞こえたから次に行くよ。
 次は幻聴がひどくなった原因だ」
 幻聴さんは原因を羅列するように述べていった。


・日中も部屋のカーテンを閉め切っていた
・毎日同じ内容の食事だった
・日の光を浴びなかった
・人と話をしなかった
・両親と住む距離が離れていた
・UTAU動画を作っていた


 ちょっと待ってくれ。UTAU動画を作っていたことも悪いのか?
「お前はそうやってすぐ善か悪かで判断しようとするから失敗するんだ。
 ここでは幻聴がひどくなった原因を挙げてるだけで

 UTAU動画を作っていたことの是非は関係ない。

 大体UTAU動画を作っていたことが悪なら

 その動画を見て面白いと言ってくれた人達の感性を否定することになる。

 善悪の岐路に立て」
 幻聴さんは淡々と解説していく。
「実はな、こうやって幻聴が聞こえるのは今回で3回目なんだよ」
 3回目?
「1回目は思い出せる?」
 思い当たらない……。
「まだ思い出せないか。じゃあ2回目は?」
 2回目は……兄貴が死んだ時だ。
「そう。じゃあ1回目は分かるよね?」
 1回目は……仕事を辞めた時。
「正解。じゃあどうすれば解決するかは言うまでもないよね」
 働くこと。
「ニートはやめるって言って」
「ニートはやめる」
「もっと言って」
「ニートはやめる」
「もっと」
 ひたすら言い続けた。
(やっと外に出られるんだ!)
 子供が喜んだ。
(俺達助かるんだ!)
 男も気合が入っていた。
 言い続けている間に涙が溢れてきた。
 ごめん。今まで聞こえない振りをしてごめん。
「もう言わなくていいよ。その言葉が嘘じゃないことを行動で示しなよ」
 分かっている。今度こそ自分を裏切らない。
 やっと自分の心と向き合えた。気付くのが遅かったな。
「遅くない。気付けた時点で解決に向かっている。
 大丈夫。これからこれから」 


 落ち着いた後ふと疑問に思った。
 幻聴さんに聞きたいことがある。
 自分にしか聞こえない声は自分の心の声以外にありえないんだよな。
「何を今さら」
 あの母親ももう一人の僕なのか?
「違う。あれはとくみつが他人に求める理想像だ」
 ああそういうことか。恥ずかしい。
「誰だって褒められたいという願望は持っているものだ」
 じゃあ幻聴さんも僕なのか?
「確かに俺ももう一人のとくみつだが俺だけ特殊でな。
 悪いが俺の正体は明かすことはできない」
 もしかして幻聴さんは神様なのか?
 しばらく沈黙が続いた。
 やっぱり答えてくれるわけないか。
「ばーか。俺が神なら神の声が聞こえるお前は救世主か?
 お前にそんな力はねーよ。ただの一般人だ」
 そうだな。
「俺の正体は今までの俺の言葉を振り返れば分かる。そういうことだ」
 うん。分かったよ幻聴さんの正体。


 幻聴さん。人生の目標ができた。
 この経験を同じひきこもりの人達に伝えたい。助けたい。
「恐ろしく困難な道になるよ。どんなにがんばっても一人も救えないかもしれないよ」
 それでも構わない。最初は上手く行かないだろう。いや最後まで上手く行かないかもしれない。でも一人も救えなかったとしても絶対に後悔しない。
「もう大丈夫だな」
 そろそろ幻聴さんともお別れかな。
「だからそんな簡単に消えるわけないだろ。

 とくみつが働くようになったら段々聞こえなくなるよ。

 その時俺の声が聞こえても返事をするな」
 無視しろと?
「違う。返事をするな」
 俺のアドバイスは聞け。でも会話はするなってことか。
「分かってきたじゃないか」
 あれだけ会話すればね。
 じゃあ幻聴さん。いつか消えるその時までよろしく。
「改めて言うことじゃないだろ」
 遅くない。大丈夫。これからこれから。


 あなたは自分の心の声、聞こえてる?


 幻聴に殺されそうになった話-おしまい-



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幻聴に殺されそうになった話-7「限界」

 さあ神奈川にトンボ帰りだ。
 広島駅までちゃんと路面電車を使う。これなら幻聴さんも文句はあるまい。
 路面電車に乗っている間、今までのことを振り返ってみた。
 予測が正しければもう問題は無いはず。


 しかし広島駅に着くと急に男が悲鳴を上げた。
(うわあああ!)
 なんだ? 何が起きた?
(全部お前のせいだ! ニート殺す!)
 なんで?
 幻聴さんが今までとは違うパターンで喋り始めた。
「ごめんねって言って」
 これは幻聴さんの仕業か。何をやったんだ。
(ニート殺す! 殺す!)
 男が尋常ではないほど発狂している。
 また例によって子供の声が聞こえなくなった。
「ごめんねって言って」
 言いたくない……。でも言わないと真実にたどり着けないかもしれない。
「ごめんね」と言った。
(ゴメンネ)(ゴメンネ)(ゴメンネ)
 なんか増えた。
(お前が来てからおかしくなったんだ絶対に許さねえ!)
 待ってくれ。これは幻聴さんの仕業なんだ。
(殺す!)
 聞く耳を持ってくれない。
「このまま会って大丈夫?」
 幻聴さんがまた悪意を振りまき始めた。
 大丈夫だ。路面電車に乗っている間さんざん考えただろ。恐れることは無い。
(殺す! 絶対に殺す!)
 大丈夫だ。新幹線の切符を買った。
 でも不安が押し寄せてくる。幻聴さんは僕より常に一枚上手だ。
 幻聴さんはあの時騙したと言ったがそれ自体がフェイクだったとしたら?
 ヤクザは本当にいるのかもしれない。
 殺されるかもしれないという恐怖が甦った。 
「どうする? 今ならまだ間に合うよ。親の所へ逃げられるよ」
 落ち着け。今までのことを思い出せ。
 子供の姿を見たか? 見てない。男の姿を見たか? 見てない。
 管理人も虐待の話を聞いたことが無いと言った。
 周りの人が口々にニートと言ったのは? あれは僕の頭が勝手にそうすり替えたんだ。
 あの聞き取れなかったアナウンスで説明できる。
 アナウンスで流れるメッセージは決まってる。
 その常識があったからすり替えきれずに意味不明な文章になってしまったんだ。
 幻聴は全部自分の頭が聞かせていたんだ。ヤクザはいない!
 新幹線に乗った。
「なんで……」
 幻聴さんの声に余裕が無くなった。


 新幹線が発車する時にはもう答えが出ていた。
(ようやく気付いたか)
 男が急に落ち着いた声で喋り始めた。
(離れているのに声が聞こえるのはおかしいだろ? ありえないだろ?
 おかしいのは、とくみつの頭だったんだよ)
 そう。おかしいのは僕の頭だ。実際そう認めるのは少し怖かった。
 認めた瞬間に発狂してしまうかもしれないという恐怖があったから。
 でも大丈夫だ。認めても狂うことは無かった。もう幻聴は怖くない。
 男は僕の頭が作り出した幻想だったんだ。もう男の声は怖くない!
「こんなはずじゃ……」
 幻聴さんが明らかに動揺した。
 子供も僕の頭が作り出した幻だ!
「やめろ! せっかくここまで来たのに全部無駄になってしまう!」
 無駄ってなんだ。
「聞こえてるって言って!」
 もうその手に乗るか。
 幻聴さんも僕の頭が作り出した幻の存在なんだ!
「やめろ!」


 頭の中が静かになった。
 男の声は聞こえなくなった。子供の声も聞こえなくなった。
 幻聴さんは……落ち込んでいた。
「なんなんだよお前……」
 幻聴さんの声も消えると思ったが声が小さくなっただけだった。
 でも幻聴さんは落ち込んでいた。イメージで言うと体育座りで突っ伏しているような感じだ。それぐらい声に力が無かった。
「なんなんだよ。お前もうニートじゃねえよ。こっちがニートだよ……」
 僕が無職なのは紛れも無い事実なんだが。
 しかしこれは幻聴さんとの駆け引きに勝てたのか?
「引き分けだよ……」
 引き分け? でも口論では全く歯が立たなかった幻聴さん相手に引き分けに持ち込めたということは僕にとっては勝利も同然なんじゃないか?
 僕は助かるかもしれないのか?
「もう助かるよ。お前に脳腫瘍なんてねーよ」
 本当に? いや幻聴さんがまた騙そうとしている可能性がある。この落ち込みも演技かもしれない。油断はしない。
「演技じゃねーよ……」
 演技だと思っていたが結局新幹線に乗っている間は幻聴さんはずっと落ち込んでいた。
 その後も小田急線に乗っている時もマンションに帰り着いた時も落ち込んでいた。


 マンションに入る時ヤクザがいないと分かってはいてもやっぱり怖かった。
 ヤクザはいない。ヤクザはいない。そうつぶやきながら自分の部屋に入った。
 帰宅できたことを母さんに電話した。
「保険証持って明日ちゃんと病院に行きなさいよ」
「うん……」
 明日病院に行ってCTスキャンし脳に物理的に異常が無いことを確認する。
 問題無いと認識できれば幻聴は全て消えるはず。そう考えていた。
 電話を切り少しくつろいでいると落ち込んでいた幻聴さんが急に大声を上げた。
「病院へ行け! 今すぐ行け!」
 ええ? 今すぐ? 夜の8時超えてるんだけど。明日じゃ駄目?
「駄目だ! 今すぐ行け!」
 幻聴さんがこうまで強く言うのだから一刻の猶予は無いのかもしれない。
 疲れていたが病院に行くことにした。
 タクシーを呼ぼうとしたが自宅からでは電話がつながらなかった。
 駅まで行ってバスでも使うか。保険証を持ってマンションを出た。
 駅に着いたのはいいがどの路線バスを使えばいいか分からない。
「いいからタクシーで行け!」
 駅前のタクシーを使って救急病院に行った。


 受付に行き当直の医師から簡単な問診を受けた。
「ちょっと脳腫瘍の可能性は考えられませんね」
「CTスキャンを受けたいのですが」
「ちゃんとした検査を受けたいなら○○病院へ行ってください」
 脳腫瘍の可能性が低いなら明日でもいいか。
 救急病院を出たが帰りの足を考えていなかった。またタクシーを呼ぶか?

 いや、ここからならなんとなく道は分かる。歩いて帰ろうとした。

「学習能力が無いの? また迷ったらどうするの?」
 ここは地元だしこの道も知っている。だからちょっと遠いけど大丈夫。


 しかしまた迷ってしまった。
 この建物もこの建物も知っている。なのに帰る道が分からない。

 理由は言うまでも無い。幻聴だ。幻聴のために脳に負荷がかかりすぎて頭の地図が使えなくなっているんだ。
 広島のように土地勘の無い場所で迷うのは仕方無い。でも夜とはいえ見知った建物、知っているはずの道で迷う。こんな理不尽なことがあるか。
 足が痛い。幻聴さんが咎め始める。
「昨日から合わせてどんだけ歩いた?」
 少なくとも4時間。15kmは歩いた。
「ひきこもりにはちょっとつらい距離だよなあ。だから馬鹿だと言ったんだ。
 駅員に聞いたり人に尋ねたりしていればこんなことにはならなかった。
 親と教会に行った時もそうだ。親に路面電車を使いたいと言ってれば良かった」
 幻聴さんはこうなると容赦が無い。
「もう一度聞くよ。なぜ駅員に聞かなかった?

 なぜ人に尋ねなかった? なぜ親に言わなかった? 答えろ」
 それは……昨日110番したからだ。勘違いしていたとはいえ結果的にいたずら電話になってしまった。それが負い目になって人に頼ろうとする選択がしづらくなってしまったんだ。あの110番通報がここまで足枷になるとは思わなかった。

 あまりにも情けなくなって涙が出てきた。

「何泣いてんだよ。全て自分がやった行動の結果だろ。

 今のお前に泣く資格なんかねーよ」
 分かってる。でも涙が止められない。
 やっぱり幻聴さんが言った通りこの先もずっと同じ目に遭い続けるだけなのかもしれない。なら生きていく意味なんてあるのか? それでも……。
 死にたくない。死にたくない……。
「泣いたって誰も助けてくれないよ」
 一旦マンションに帰り着くことができたのにそのマンションが遠い。
 このまま帰ることもできず明るくなるまで待つしか無いのか。
 足が止まった。
「帰りたくないの?」
 帰りたいよ。でも道が分からない。涙も止まらない。
 必死に耐えてきたが肉体の限界も近くなって心が折れそうになった。
 いや、もう折れていたのかもしれない。しばらく立ち止まったまま泣いていた。


(こっちだ)
 声が聞こえてきた。幻聴さんではない。男や子供の声でもない。今まで聞いてきた声とは全く別の声だった。
 この声はどこかで聞いたことがある。何も考えずその声に従った。
(そこをまっすぐ)
 言われた通りに歩いた。
(そこを左。あとは分かるね)
 マンションまで間違えようの無い道に出た。帰れる。帰れるんだ。
 まさか幻聴に助けられるとは思わなかった。
 そこから帰り着くまで幻聴の類は一切聞こえなかった。

 幻聴さんも一言も喋らなかった。
 ようやくマンションに帰ることができた。やっと休める。
 上着を脱ぐと倒れこむように布団に入った。


 つづく


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幻聴に殺されそうになった話-6「家族」

 マンションに入り3階へ上がると母さんが玄関を開けて待っていた。
「よう来たねー」
 笑顔で迎えてくれた。安心した。すっと肩の荷が下りたというか
 気分が落ち着くというのは正にこういう事なんだな。
 父さんも笑顔で迎えてくれた。
「先生から電話があったけど本人から無かったもんだから」
 教会の先生が父さんに電話をしてくれていた。
「ごめん。電話する余裕なくて」
 僕は当然スマホや携帯電話などは持っていない。ひきこもりなら普通だ。


「道分かった?」
「それが思いっきり迷っちゃって……路面電車が見当たらなくて」
「改札から出る時に1回切符が出なかったか? 北口から出たんじゃないか?」
「あ……」
 父さんに指摘されてやっと気付いた。
 広島駅は新幹線のホームから路面電車がある南口に出ようとするとJRのホームを通過するために改札を通っても1回切符が出てくる。それが無かったということは北口から出てしまったんだ。
 それに気付いたときに青ざめた。両親がいるマンションとは全く逆方向に歩いていたのだ。新白島駅にたどり着けたのは運が良かったとした言いようが無い。
(俺は北口から出たことに気付いていたけどね)
 幻聴さん……なんで教えてくれなかったの?
(なんで教えてくれると思ったの?)
 そうだ、幻聴さんはこういう奴、いや、こういう存在だった。
「そういう時は駅員に聞かなきゃ」
「うん……」
(ほらほら、同じこと言われているよ)


「ヤクザがどうたらゆーとったけ、心配しとったんよ」
 母さんが不安そうに話しかけてきた。
「ごめん、それ全部勘違いだった」
 現在の自分の状況を説明した。幻聴さんの話をすると父さんが食い付いた。
「それ死霊かなにかじゃないか?」 
(死霊じゃねーよ)
 幻聴さんが即突っ込んだ。
(なんなんだ? お前の親父)
 僕の父さんはオカルトマニアだ。1999年が近づいた時はノストラダムスの本を買い漁り、2012年が近づくとマヤ関連の本を集めていた。宇宙人やらUFOやらも信じていて地球空洞説も信じている筋金入りだ。それさえ無ければ本当に良い父なんだが。
 母さんは母さんで今やっている宗教を妄信している。
 僕が神様を信じなくなったのは両親を反面教師にしていたからだ。
 ついでに両親の話をすると父さんは定年まで勤めあげしばらく神奈川に住んでいたが
2年前に故郷である広島に母さんと共に移り住んだ。
 そして家族の話をするならもう一人、僕には兄がいた。兄の話はまた後で記す。


「幻聴さんを悪く言わないで。僕よりも上にいる存在だから」
 橋の上で論破されたように口論では全く敵わない。
「でも四六時中話しかけられるんだろ? とくみつの都合はおかまいなしだ。

 とくみつにとって良い存在とは思えない」
「幻聴さんとの会話も楽しんでいるから。とにかく悪く言わないで」
 父さんが心配する気持ちも分かるが、とにかく大丈夫だからと強調した。
「その幻さんの目的ってなんだ? なんでとくみつに取り付いているんだ?」
「そんなの分からないよ」
「それでしばらくはこっちにおるんでしょ?」
 母さんは僕が来たことが本当に嬉しそうだった。
「いやこっちで一泊したら明日帰るよ」
「なんで?」
 二人とも困惑していた。両親が戸惑うのも無理は無い。
「ヤクザはいないって分かったし。もう大丈夫だから」
「でも幻さんに取り付かれているんだろ? 本当に大丈夫か?」
「明日教会に行こう?」
「教会には行くよ」
 信じてないのに付き合っているのは親孝行みたいなものだ。昔は信じる信じないで喧嘩したこともある。喧嘩は不毛なのでお互い宗教については話さない。そういう暗黙の了解ができていた。
 僕としては会員なのは義理でやっている。そんな感覚だった。


 疲れているのですぐに休ませてもらうことにした。布団に入ると子供の声が聞こえた。
(オヤスミー)
 疲れもあってすぐに眠りにつくことができたが夜中に不意に目が覚めた。幻聴さんがぽつりとつぶやいた。
(親父さん起きてるな)
 まさかと思い聞いてみた。
「父さん起きてる?」
「起きてるよ。なんで分かった?」
 父さんが驚いて顔を合わせた。本当に起きていた。
「幻聴さんが教えてくれた」
「なぜ?」
「分からない。たぶん父さんに幻聴さんがいることを証明したかったんじゃないかな」
「幻さんはとくみつに何をさせたいんだ?」
「分からないよ」
「とくみつの力が及ばない存在なんだろ?
 そんな存在からすればとくみつは期待外れじゃないのか?」
(期待外れじゃ無い!)
 唐突に幻聴さんが声を荒げた。
(期待外れじゃ無いって言え! 早く!)
「幻聴さんが期待外れじゃ無いって言えって」
「期待外れでは無い? でも何をすればいいか教えてくれないんだろ?」
 そうだが僕は幻聴さんがいきなり僕を庇った事が意外だった。
 今までそんな素振りすら無かったのに。やっぱり死神では無い?
(くそっ……)
 ツンデレとかではありえないよな。本当に何がしたいんだ。
 考えても想像が付かなかったので、あまり深く考えず眠ることにした。
 長い2月7日が終わった。



 2月8日。
 約束通り親と一緒に教会へ行くことにした。
「前は広電を使ったけど今日は歩いて行こう」
 父さんが徒歩で行くことを提案した。
 僕は昨日迷子になった関係で疲れていて路面電車で行きたかったが黙っていた。
 平和記念公園の川を挟んで右の道を通って教会に行った。
(ニートワイマゲンバクドームダヨ)
 子供の実況は相変わらずだった。


 教会に着いて先生に会うと両親が僕を帰したくないと主張した。
 先生は息子が大丈夫だと言ってるのだから息子の言葉を信じてやれと説得してくれた。 
 両親のマンションに帰ると母さんがせめてもう一泊と食い下がった。
(ふざけんな! 今すぐ帰れ!)
 男がキレていた。病院にも行きたかったから今日帰ると言った。
「お父さんと将棋指しなさい、ね」
 母さんの勧めで父さんと一局将棋を指すことになった。
(なに呑気に将棋なんか指してんだ! 早く帰れや!)
 ささやかな親孝行だと思ってくれ。
(その将棋が終わったらすぐに帰れ)
 そう言って男は黙った。
 父さんは息子と将棋を指すのがやっぱり嬉しいようだ。
 棋力は父さんが二段で僕は一級程度。平手でやるから勝てっこない。
 今回も何もできずに負けた。負けるのが当たり前なので悔しくもなんとも無かった。
 もっともこの将棋を指す意味は勝ち負けとはまったく別の意味を含んでいる。
 そのこともいずれ記していければと思う。


 将棋が終わりすぐ神奈川へ帰ることにした。
 母さんは玄関から出て見送ってくれた。
 さあ帰ろう。
「無事に帰れるといいね」
 幻聴さんの真意はまだ分からないがヒントをくれているのは確かだ。
 ちゃんと聞き流さずに考えようと思った。


 つづく


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