とくみつのひきこもり相談ブログ

7年3ヶ月ひきこもり無職の後、働き始めました。
ひきこもり無職の間、怖い経験をしました。
このブログは自分と同じ目に遭ってほしくないという思いで立ち上げました。

「一切を神に依れ」

この記事はPL会員向けの記事です。


処世訓21か条のうち「神」が記されているのは
第三条「自己は神の表現である」
第十一条「一切を神に依れ」
この二つだけです。
宗教家である二代さまが掲げられた処世訓にしては少ないです。
これは神を信じない人にも処世訓を利用してもらいたいという

二代さまの意図が汲み取れます。


ではこの二つは神を信じない人には意味が無いかと言うとそうでもなく
まずPLが信仰している神とはなんなのかを記します。


PLの神とはこの世の全てです。
自分も神の一部であり目に映る全てが神なのです。
つまり言い換えるなら「神」とは「全」なのです。
「一切を神に依れ」とは「一切を全に依れ」ということなのです。


全に依るとはどういうことか。
依るとは「~をもって、~によって」という意味があります。
全によって行動する、全をもって行動する。
これは宇宙の流れを把握し適切に行動しなさいという意味なのです。
これでも分かりづらいので身近な例をいくつか示します。


果物の皮を剥く時は包丁を使わず果物ナイフを使う。
何かを待つ時には列に並び順番を守る。
プリンタのインクカートリッジは正規品を使う。
ネットで映像作品を見る時は公式配信を利用する。


要するに道徳で言われているような行動をしていれば
自然と全に依ることになるのです。
つまり良識を持った人ならごく当たり前にできる行動全てが全に依ることなのです。


適切に行動するというのは自分の動作も含まれます。
歩き一つ取っても全に依れていれば疲労を抑えて歩くことができます。
その歩き方で一番近い状態は歩きスマホです。
歩きスマホは危険なのでやってはいけませんが
その時の歩きが歩く動作を体に預け、全に依っている歩きになるのです。
その歩きを真似れば全に依る歩きに近づき疲労を抑えることができるのです。


PL処世訓は抽象的な表現が多いため分かりづらいのが難点ですが
この分かりづらさにも理由があるのでいずれ記したいと思います。


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