とくみつのひきこもり相談ブログ

7年3ヶ月ひきこもり無職の後、働き始めました。
ひきこもり無職の間、怖い経験をしました。
このブログは自分と同じ目に遭ってほしくないという思いで立ち上げました。

宗教が抱えやすい問題

宗教はその特殊性ゆえに自らが抱えてる問題に気付きづらいです。
蓄財の罪や科学との不調和など色々あります。
宗教が抱えている最大の問題は指導者が道を踏み外した時に
それを正す手段が存在しないことです。


宗教の指導者はいくら道を間違えても下の信者は正してくれません。
宗教のトップに立つと何をやっても信者は肯定するしかなくなります。
批判しようものなら神の教えが分かってないと破門されるだけだからです。
だから自分が正しい道を歩んでいるのか判断できなくなってしまうのです。
もちろん外部の批判も聞き入れてくれません。
神を知らない立場の意見は聞き入れる必要を感じないからです。
宗教が疎まれる原因はここにあるのです。


歴史を顧みればたびたび宗教改革や宗派の分裂が起きています。
そのうちの理由の一つが上にいる指導者が道を間違えたと判断し
下の者達が付いていけなくなったからというのが有ります。
そうやって分裂すると元に戻ることは難しいです。
同じ宗教から派生したのに仲が良くない宗教が多いのは
互いに相手の教義が間違っていると主張するからです。


自然の摂理の本質は同じなのですが解釈する人間に個性があるために
どうしても教義に違いが出てきてしまいます。
宗教は世界平和を目指すものなので教義の違いは些細な問題なのです。


厄介な問題はもう一つ有ります。
それに付け込んで宗教を食い物にする人がいることです。
利権を貪るためだけに宗派を分裂させたり
新たな宗教法人を立ち上げる人がいるのです。
これがカルトです。


宗教とカルトの区別が難しくなっている原因は
個人で見る人がいるからです。
カルトにも善良な信者はいますし宗教にも狂信者はいます。
個人でその宗教を見るとその宗教が見えづらくなってしまうのです。


宗教を見るならまず教義を見てほしいです。
主な教義は日々感謝の心を持つようにしているか、
先祖を敬う大切さを説いているか、
他人にされて嫌なことはやらないようにする、などです。
カルトは他の宗教から教義を流用しているだけなので
一貫性が無くなりやすいです。


次にシステムを見るとカルトと宗教は明確な違いが出てきます。
科学との調和を進めているか、
法外なお布施を要求していないか、
他の宗教の存在を認めているか、
布教にノルマが無いか、などです。


布教については教えを広めたいという欲から
普通の宗教でも問題を起こしがちです。
宗教アレルギーの方が増えてる事や科学の進歩を見ると
もう積極的に布教する時代では無いと思います。


科学が未発達の時代では自然が身近にあり共に生きていたので
自然の摂理の理解は自然を軸として行われました。
科学の進歩により自然の摂理は別の側面を見せています。
科学の流れもまた自然の摂理だからです。


私は科学と道徳と芸術を用いれば
宗教の悟りとは違った悟りが得られるのではないかと思っています。


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