とくみつのひきこもり相談ブログ

7年3ヶ月ひきこもり無職の後、働き始めました。
ひきこもり無職の間、怖い経験をしました。
このブログは自分と同じ目に遭ってほしくないという思いで立ち上げました。

科学と宗教の調和

科学と宗教は決して相反するものではありません。


現代における宗教の役目は科学の補足です。
昔は科学が未発達だったので宗教が占める割合が大きかったですが
科学が発達した現代では科学の割合が大半を占めています。


しかしどんなに科学が発達しても説明できないことが出てきます。
科学ではどうしても説明が付かない事に対し仮の措置として宗教を用いるのです。
その後科学で解明されたなら解明されたことに喜び
宗教はその分野から身を引くのです。


現代宗教に求められるのは科学との調和です。
科学を否定する宗教は衰退を避けられません。


現代では世の理は科学で大体説明できます。
科学は多くの人を納得させてくれます。
それは世の理が多くの人に理解されやすくなっているという事なのです。
宗教の領域が減ることは喜ぶべき事なのです。



科学の難題として現状解決が見えない問題がクオリアです。
人間がこの問題を解決するのは相当の未来であろうと推測します。


色のクオリアだけでも人間は可視光線の3原色しか認識できないからです。
まれに4原色を認識できる人もいますが数えるほどしか存在せず全員が女性です。
男性は遺伝子の関係で4原色を認識するのは不可能だからです。


そして赤外線にも紫外線にも色のクオリアは存在している、
さらにその外側の電波にもクオリアが存在しているらしいと来ると
ますますその法則性がつかみ難くなっていきます。


宗教ならクオリアについて言及すると
自然の摂理がクオリアを認識言及できるよう人間に与えた能力である、
と一行で済むわけですが感覚的なものなので納得する人は少ないでしょう。


ただ色のクオリアについて私が主張したいことが一つ有ります。
自分の見ているクオリアと他人が見ているクオリアは概ね同じであるということです。
クオリア問題に向き合っている人の中には
人によって見ているクオリアは違うかもしれないと言う主張が有ります。


私はそんなことは無いと思っています。
一眼レフカメラで撮っても使い捨てカメラで撮っても
映る風景はほぼ同じになるのと同様で
細胞の構造が同じならクオリアも同じように感じるはずです。
せいぜい人種の目の色の違いによって少し差異が現れる程度で
感じているクオリアは同じと考える方が妥当なのです。


人類が誕生する前からクオリアの現象自体は存在していたはずです。
少なくともこの宇宙が誕生した瞬間から存在していたはずです。
どの物理法則とも数学的に交わらないクオリアには
自然の摂理そのものを感じずにはいられません。


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