「世界平和の為の一切である」
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現実には紛争が絶えず世界平和を唱えても夢物語と片付けられがちです。
ならなぜ多くの宗教が世界平和を目指しているのか。
物事には本来善悪の概念はありませんが社会の中で生きていく以上ルールがあります。
そのルールから外れるとその社会の中で生きていくのが難しくなっていきます。
ルールから外れると社会は排除しようとしてきます。
社会から外れても誰にも迷惑をかけずに生きていく自信が無い限り
ルールを破るのは得策ではありません。
世の中には流れというものがあります。
宇宙が誕生し、地球が誕生し、人類が誕生した。
その流れの中で人類の中に社会が誕生した。
ならば社会に沿って生きていくことが
宇宙が誕生してから続いている流れに乗ることになるのです。
反社会的な行為や思想がいかに自分にとって良くないことなのか理解できるはずです。
それは宇宙の流れに反する事なのですから。
徳光さまは「何事も約束を違えるな」と教えを掲げられました。
この約束とは社会のルールのことだけではありません。
宇宙が誕生してから続いている流れに乗れと説いているのです。
二代さまも「中心を把握せよ」と処世訓を掲げられました。
この教えの中にも宇宙の流れの中心を把握しなさいと折り込まれているのです。
世界平和というものは宇宙が誕生してから続いている本来の流れに沿うと
PLや多くの宗教が説いているのです。
だからどんなに現実味が無くても世界平和を目指さなくてはならないのです。
個人で出来る事は限られていますが
まず自分が周りにいる人の中で一番平和な人間になることです。
そして平和を押し付けないことです。