とくみつのひきこもり相談ブログ

7年3ヶ月ひきこもり無職の後、働き始めました。
ひきこもり無職の間、怖い経験をしました。
このブログは自分と同じ目に遭ってほしくないという思いで立ち上げました。

アニメ「けものフレンズ」

異例のヒットとなっているけものフレンズ。
1話だけ見るとなぜヒットしているのか理解されづらいと思います。
低予算と分かる3DCG、間延びしたテンポ、
見るとIQが下がると言われるほどゆるいアニメです。


2話で初めてEDが流れると考察する人が増え
思ったよりも丁寧に作られている、伏線が多く散りばめられている、
動物ファンが動物の特徴や習性を上手く表現していると広めた結果
3話から4話にかけて一気に人気に火が付きました。


私も1話で一旦視聴をやめましたが3話の評判を見て視聴を再開し
この作品が持つ独特の魅力に惹き込まれました。
終盤は1話の雰囲気からは予想しづらい展開が続きます。
10話と11話を見た時は感動しました。
11話を見た後に改めて1話を見ると伏線だらけだったと分かり驚きました。
初見と11話視聴後では1話の印象が変わってしまうのです。


恐ろしいのは1話放映時にけものフレンズを名作と見抜いた人達がいたことです。
私はたつき監督が仰った「知ることをやめた心の壁」に気付かされ
創作に対する感性がまだまだ未熟だったと痛感しました。
けものフレンズはあと1話の放送を残すのみですが
どのような結末を迎えても長く愛される作品になるでしょう。


ヒットした原因の一つが疲れている人が多かったからと言われています。
EDの歌詞から一部抜粋して携わった方々に感謝します。


「綺麗なものを探しに行こう 美味しいものもたくさん食べよう」

知識が確率を変える

お酒の飲み過ぎや煙草の吸い過ぎは体に良くないことは広く知られていますが
怒ると体に良くないことはあまり知られていません。


改めてなぜ怒ってはいけないのかについて。
怒ると頭に血が上り視野が狭くなります。
視野が狭くなるから失敗しやすくなります。
自律神経も混乱するので体調を崩しやすくなります。


それから自分の歴史を汚すことになります。
AさんとBさんが居るとします。
Aさんは毎日10回感謝します。
Bさんは毎日10回怒ります。
1年後に過去の1年を振り返ったとき
Aさんは3650回感謝できました。
Bさんは3650回怒りました。
どちらが幸せに近いかと言うとAさんになるのです。


私はハインリッヒの法則は真理の一つだと思っています。
300回怒るとその内の1回が自分に返ってくる確率が跳ね上がるのです。
300人怒りっぽい人が居るとその内の一人が不幸になる確率が上がるのです。
逆もあります。
300回心の底から感謝すればその内の1回が返ってくる確率が上がるのです。
300回反省すればその内の1回は大きく成長できる確率が上がるのです。


学校で学んだことの大体は忘れてしまうものです。
しかし忘れない知識がいくつかあることに気付けるはずです。
例えば自分が細胞の塊であることは一度理解してしまえばまず忘れません。
なぜ忘れないのか。
それは自分の生存確率を大幅に変える知識だからです。
自分の命に関わる知識は忘れづらいのです。


だから失敗した記憶を忘れないことも自分の生存確率を上げているのです。
失敗した記憶も自分を生かす知識に変わるのです。


人は他の動物と違い意図的に確率を変えられる生物です。
一つ一つ変えられる確率は微々たるものでも
積み重なれば決して無視できないほど影響が大きくなります。


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私の信芸

この記事はPL会員向けの記事です。


PLに限らず現代で布教しようとしている人は
大きな見落としをしていることに気付いていません。


宗教家の方にお願いしたいのは量子論を学んでいただきたいという事。
それで量子論を学んで意味があるのかと思われたなら
それは宗教の知識を持っていない人が神を学んで意味があるのかと思うことと
全く同じ思考になっていると気付いていただきたいのです。


高校までの物理では原子核の周りを電子が回っていると教わりますが
それは正確なものではありません。
では嘘を教えているのかと言うとそうでは無いのです。
量子論は理解できない人には絶対に理解できない物理学なので
そこまで教える必要が無いということです。


量子は波と粒子の両方の性質を持っている、確率的な存在、電子雲、
重ね合わせ、量子は自身と干渉する、観測問題、トンネル効果、
量子テレポート、量子の持つ情報は時空を超える等々。
量子論の理解には思考の跳躍が必要なのです。
それは宗教も同様で神の理解にも思考の跳躍が必要となっています。


神を信じなさいと言うのは量子論に当てはめると
量子の持つ情報は時空を超えますよ、
量子レベルなら未来から過去に干渉できますよ、
こういったことを受け入れなさいと言っているのと同じなのです。


より高い知識を理解するには土台となる知識を積み重ねる必要があります。
量子論を理解するには原子の知識が必要です。
原子を理解するにはミクロの概念が必要です。
ミクロの概念を知るには自分が細胞の塊であることを知っていないとできません。
自分が細胞の塊であることを知るには顕微鏡の実験が必要です。
それには顕微鏡の構造を知らないとできません。
だから最初は虫メガネの実験から学んでいくのです。


いきなり神の話をするのは科学の知識が無い人に量子論を教えるようなものです。
もっと手前の話から伝えていかないと理解されるはずありません。
量子論に当たるのが宗教の神の話なら虫メガネに当たるのは何か。
それが道徳なのです。宗教は道徳の延長にあるものです。
道徳を完全に理解できた人だけが宗教へ思考を跳躍させることができるのです。


現代では道徳で充分と考えている人が多いです。
私はそれを尊重しています。
神の話は聞いてもらえない。だから神の話はしません。
勧誘すると逃げられる。だから勧誘しません。
それでも私は職場で人の道を伝えています。
その教えには神も信仰も入ってないので
相手には道徳の話をしているようにしか見えません。
しかしほんの少しでも相手が分かってくれたらそれで良いのです。
神や信仰の成分が無くても人の道が伝わったことに変わりは無いからです。
これこそが信芸なのです。


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諸行無常は楽しい

視野を広げて考える時、宇宙の誕生を起点にすると気付けることがあります。
宇宙が誕生した時に私が生まれるのは決まっていたのか決まって無かったのか。
これは決まってないと考えるのが妥当です。
そもそも宇宙が誕生した瞬間にはこの宇宙を観測できる者も存在していません。
だから概念も存在していないのです。


決まって無いならなぜ私がこの宇宙に生まれることができたのか。
それは諸行無常だからです。
宇宙は常に変化を続けているから私も偶然生まれることができたのです。


そして確率を考えるとこの宇宙で起きる一切は
この宇宙が誕生する確率より高いということ。
私が生まれたことも宇宙が誕生する確率より高いのです。
何が起こったとしても宇宙の誕生に比べれば全てありえるのです。
だから自分の身に降りかかる一切に感情を振り回されるのは意味が無いのです。


原理を知ると諸行無常の良い面だけを見た方がストレスを溜めずに済みます。
諸行無常を創作に当てはめると常に新しい作品は生まれ続けることになります。
作品を楽しもうという心意気さえ持っていれば決して退屈することはありません。


この世は常に変化を続けているので
停滞していると相対的に見て流れに取り残されることになります。
停滞は後退と同義なのです。
常に最新の情報を見逃さないようにしたいです。


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階段では手すりを使う

この記事はPL会員向けの記事です。


人類は階段の発明によって空間をより立体的に有効活用できるようになりました。
ですがそれは同時に転落事故の危険を増やすことでもありました。
私は道を知ってから階段で手すりを使うことは良い事だと気付きました。


階段を使うたびに転落する危険は常に付きまとっています。
それは自分の体が無意識のストレスに曝されていることになります。
手すりを使うと自分の体は安心します。


一度でも階段から転落したことが有るなら次から手すりを使うようになるはずです。
しかし転落した後では手遅れの場合があります。
重い障害を負ったり最悪は命を落とします。
命を落とした後では手すりを使うことはできません。
体力が有る時から手すりを使っていれば
未来の自分を転落事故から救うことになるのです。


手すりを使うことは自分だけでなく周囲の人の助けにもなります。
階段を下りている時に手すりを使っていれば
後ろの人が転落しても被害を抑えることができます。
私は転落事故に直接遭遇したことはありませんが以前こういうことがありました。


いつものように駅の階段で手すりを使って下りようとすると
私の後ろに親子連れが付きました。
小さなお子さんと母親で母親はお子さんに手すりを使うよう促しました。
私のすぐ後ろがそのお子さんで母親がその後ろに付きました。
これでそのお子さんが転落する危険は大幅に軽減されたことになります。
私はこれって消極善だなあと思いました。


こんなこともありました。
やはり手すりを使って下りていると前にお年寄りの方がいて
手すりを使ってゆっくり下りていました。
私は抜かさず少しだけ距離を取り、
お年寄りの方に合わせてゆっくり下りました。
これでそのお年寄りの方が後ろから押される危険が減りました。
これも消極善です。


体力が有る人が手すりを使っていれば転落事故が起きても
被害を最小限に食い止めることができるのです。
事故が起きなくても周囲の人達の無意識のストレスを軽減させているのです。


人の道を学び道を知るPL会員さんには階段では手すりを使っていただきたいです。
これもまた世界平和の為の一切なのです。


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