とくみつのひきこもり相談ブログ

7年3ヶ月ひきこもり無職の後、働き始めました。
ひきこもり無職の間、怖い経験をしました。
このブログは自分と同じ目に遭ってほしくないという思いで立ち上げました。

声を聞く危険性

この記事はPL会員向けの記事です。


統合失調症の時に受けた衝撃は今でも忘れられません。
周りの方々から発した単語を自分の脳が勝手に書き換えてしまう恐ろしさ。
極端な話「ありがとう」と言われた言葉が
「お前は駄目だ」と聞こえてしまうのです。
誰もいない押し入れから声が聞こえたり
自分の思考が他人に盗聴されているという感覚も味わえます。


私の場合は体がPL処世訓を掘り起こしてくれたので
幻聴さんの声がネガティブな状態からポジティブな状態に切り替わり
自分の体に説教されるという体験をしました。


統合失調症なので声は全て私の脳が聞かせたものだったのですが
不思議なのは私の脳が人の道について解説してくれたことです。
少なくとも私の意識は知らない状態だったので
なぜ私の脳が人の道を知っているのか不思議でした。


それで気付かされたのが自分の意識とは別に体は体で学んでいるということ。
無意識に学んでいたことが統合失調症で表面化したのです。
自我無きところに汝がある、とは正にこの事だと体感しました。


幻聴さんの最後の言葉は今でもはっきり覚えています。
「声を聞くなと言っただろ」
それっきり幻聴さんの声は一切聞こえなくなりました。


幻聴さんからのアドバイスは仕事でも役に立ったのでつい頼ってしまいました。
判断力が低下するのでそれを咎めるために言ったのだと思いましたが
最近になって声を聞き続ける危険性に気付く事ができました。


どんなに良い状態であっても声が聴こえる状態は統合失調症で
自分の意識が自分の脳を使えていないということ。
脳を使えていないのでその分判断力が低下してしまう。
アドバイスに頼ってしまうのでますます判断力が低下する。
つまりどんなに良い状態でも声を聞き続けていると
脳を使わず判断もしていないので脳が急速に衰えてしまうのです。


神の声を四六時中聞き続けている人達は
知らず知らずのうちに脳を衰えさせているのです。
最終的には声を聞かないと自分を保てなくなってしまいます。
神の声が聞こえてる人はたまに聞く程度に留めた方が良いと思います。


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相対の岐路に立つ

この記事はPL会員向けの記事です。


「常に善悪の岐路に立つ」に折り畳まれている教えです。
科学と宗教の岐路に立つ、
資本家と労働者の岐路に立つ、
資本主義と共産主義の岐路に立つ、
戦争と平和の岐路に立つ。


このように相対の岐路に立つと視野を広げることができます。
では無数にある相対の中からなぜ原処世訓が
「善悪の岐路に立つ」となっているのでしょうか。
それは善の概念と悪の概念はこの世で最も対極にあるものだからです。
善悪の岐路に立つことができれば
この世の一切の相対するものを客観的に見ることができるのです。


善悪の岐路に立ち、相対の岐路に立つ。
この教えは源流である徳光教の教えを加えると理解しやすくなります。


「苦痛は善悪の境と知れ」


苦痛というものは普段は味わいたくないものですが、
無ければ無いで困ることになります。
痛みを感じなければすぐに骨折したり、
内臓が壊れても死ぬまで気付けないからです。
痛みを感じることは本来ありがたいことなのです。
生存確率を上げるために進化の過程で痛覚を獲得したのです。


体が苦痛を味わわせてくれるのはそれ以上無理をさせないためです。
無理をしない程度にできる範囲で物事を成すことが大切なのです。
無理だと体が教えてくれるのなら休んで良いのです。


相対の岐路に立つと視野を広げることができます。
感性を磨き視野を広げるとあらゆる事から学べるようになります。
処世訓に折り畳まれている教えの一つ
「一切に学ぶ」ことができるようになります。


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時間から自分を見る

時間の視点から自分を見た時
過去の自分と今の自分と未来の自分、三人いることが分かります。
さらに生まれる前と死後の自分もいますが認識できないのでこの二人は深く考えないようにします。


この中で一番重要なのは今の自分です。
過去の自分と未来の自分には今の自分から見て意識が無いからです。
ですが過去と未来をないがしろにして良いわけではありません。


過去は自分の意識が通った道で未来は自分の意識が必ず通る道です。
過去の自分が持っているのは経験で未来の自分が持っているのは可能性です。
この二人を結んでいるのが今の自分です。


過去の自分に思うことは経験から学び
失敗したことを嘆かず引きずらないことです。
未来の自分に思うことは決して憂いてはならず
いつか必ず訪れる未来に対処するためできる範囲で頑張ることです。


過去は変えられません。
負の感情や負の言葉を使った過去も変えられないのです。
だから未来の自分のために少しでも減らす努力が必要なのです。


悪の側にいる人は思考の檻に囚われている人です。
例えばお布施を着服する宗教家は賽銭泥棒と同じなのですが
天罰が下らないためにやっぱり神はいないじゃないかと
自然の摂理を理解できないまま年を重ねていきます。


しかし年を重ねると経験や感性の成長によって
自然の摂理に気付く確率は上がっていくのです。
信仰心を持つお年寄りの方々が多いのはそのためです。


死は自然の摂理の一つです。
死が迫ってくると自然の摂理に気付く確率は跳ね上がります。
死の間際に自然の摂理を理解してしまうと
今までの自分の行いに耐えられないほどの苦痛を味わってしまうのです。


私は過去の経験に感謝しながら生きています。
そして未来の自分にも感謝しています。
未来への感謝は特殊な感謝ですが
少なくとも憂いを持つことは無くなりました。


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揺り戻し

自然の摂理は世界が悪い方向に行き過ぎたときに
それを正そうとする修正力のようなものを働かせます。


キューバ危機を回避できたのも先の戦争で大勢の犠牲を出し
回避できなかったらそれとは比較にならないほどの犠牲が出ると
多くの人が思ったから回避できたのです。


最近でも揺り戻しは起きています。
富裕層だけが節税できるタックスヘイブン問題に対し
パナマ文書が公開されたことがそうです。


諸行無常の原理により悪い事はいつまでも続きません。
良い事も続かないと思われるでしょうが悪い事よりは長く続きます。


例えば交通事故の件数が減り続けていることがそうです。
この流れは多くの人が幸せになりたいと願っているからこそ生まれた流れで
一旦こうなれば悪い方向に向かう確率も下がっていきます。


世界平和は現時点ではただの夢物語です。
ですがイメージすることはできます。
世界平和が達成された時に何が起こるのか。
創作のインフレーションが起きます。


人類全員が表現者となるので今で言う十年に一度の傑作や名作が
ジャンルを問わず毎日のように生まれてくるのです。
作品を批判する時間が有るなら一つでも多くの作品を見ないと
損をした気分になるほど面白い作品が出てくるのです。
戦っている人達がそれに気付ける事を願っています。


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アニメ「けものフレンズ」

異例のヒットとなっているけものフレンズ。
1話だけ見るとなぜヒットしているのか理解されづらいと思います。
低予算と分かる3DCG、間延びしたテンポ、
見るとIQが下がると言われるほどゆるいアニメです。


2話で初めてEDが流れると考察する人が増え
思ったよりも丁寧に作られている、伏線が多く散りばめられている、
動物ファンが動物の特徴や習性を上手く表現していると広めた結果
3話から4話にかけて一気に人気に火が付きました。


私も1話で一旦視聴をやめましたが3話の評判を見て視聴を再開し
この作品が持つ独特の魅力に惹き込まれました。
終盤は1話の雰囲気からは予想しづらい展開が続きます。
10話と11話を見た時は感動しました。
11話を見た後に改めて1話を見ると伏線だらけだったと分かり驚きました。
初見と11話視聴後では1話の印象が変わってしまうのです。


恐ろしいのは1話放映時にけものフレンズを名作と見抜いた人達がいたことです。
私は吉崎観音さんが仰った「知ることをやめた心の壁」に気付かされ
創作に対する感性がまだまだ未熟だったと痛感しました。
けものフレンズはあと1話の放送を残すのみですが
どのような結末を迎えても長く愛される作品になるでしょう。


ヒットした原因の一つが疲れている人が多かったからと言われています。
EDの歌詞から一部抜粋して携わった方々に感謝します。


「綺麗なものを探しに行こう 美味しいものもたくさん食べよう」