とくみつのひきこもり相談ブログ

7年3ヶ月ひきこもり無職の後、働き始めました。
ひきこもり無職の間、怖い経験をしました。
このブログは自分と同じ目に遭ってほしくないという思いで立ち上げました。

世界線を把握する

この記事はPL会員向けの記事です。


「世界平和の為の一切である」「中心を把握せよ」
に折り畳まれている教えです。


世界線とはジョン・タイターさんによって示された並行世界の概念の一つです。
世界は時間と共に線をなぞるように続いていてその線は無数に存在しています。
タイムリープをした際にタイムパラドックスを避けるために
必ず少しだけ違う世界線になるというものです。
違う世界を世界線が変わる、世界線を移動する、と表現します。


現実は一つの世界しか認識できないのでただの創作と捉えがちですが
一つの世界であっても世界線が変わることは認識できます。
戦中と戦後で人々の認識が大きく変わっていることがそうです。


歴史的に大きな出来事があるたびに人々の認識は大きく変わります。
それが世界線が変わるということなのです。
東日本大震災が起きる前と起きた後では世界線が変わっているのです。
米同時多発テロもそうです。


宗教家が認識しなければならないのは
今はオウム事件が起こった後の世界線であることです。
オウム事件が起きる前と同じ宗教活動をするのは時代遅れになりやすいのです。
今は神の教えよりも道徳の教えを伝えることに専念するべきです。


今いる世界線が無数にある世界線の中心にあることを認識し
世界平和が達成された世界線からどのくらい離れているかを把握することが大切です。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ パーフェクトリバティー教団へ
にほんブログ村

情報に対するあり方

今の世は一生をかけても吸収できないほど情報が溢れています。
情報に触れる時はなるべく偏見を持たないこと、
注目する部分としない部分を分けて見ることが大切です。


例えば神の声が聞こえているという人がいたとして
声が聞こえていることが本当なのかどうかはさほど重要では無いということです。
重要なのはその人が伝えたいこと、
持っている情報は自分をどれだけ成長させられるかという点です。
神の声が聞こえるのはありえない、その人は嘘吐きだ、
だからその人の言うことは全部嘘だ、と捉えてしまうと
その人が持っている他の有用な情報まで得られなくなってしまうのです。


宗教家の言葉から神や信仰の成分を抜くと多くが道徳の教えとなります。
道徳の勉強をするなら宗教は一つの手段となるのです。
もちろん宗教家だけでなく科学者や哲学者や実業家、
その他多くの職種や立場からも得られるものは多くあります。
信じるか信じないかという枠で物事を見ると視野を狭くしてしまうのです。


知識欲は生存本能に基いています。
知識欲を失うことは生きる力を失うことと同じです。
趣味を持ちその趣味に関わる知識を得たいと思うことも生きる力となります。
そして趣味で得た知識は意外な形で役に立ったりします。
趣味を持ち楽しむことは生存確率を上げることになるのです。


にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村

即かず離れず

この記事はPL会員向けの記事です。


人は執着しやすい生物でPLでは即きすぎると表現します。
嫌いな人がいた場合、それもその人に即きすぎてることになります。
その人を嫌うこともその人に心を引っ張られているからです。
どうせ引っ張られるなら嫌うより好きになった方が良いです。
どうしても好きになれないならその人について何も考えないことが
自分にとっても相手にとっても無難な手段となります。
さらにその人の幸せを願えれば良いのですが
会員さん達を見ていても相当難しいことはよく伝わってきます。


人の道的な中道というものがあり
「即かず離れず」という教えがあります。
この教えは地球と太陽の関係のように人や物事に対する時
必ず丁度良い距離が存在していることを示しています。
それに気付くには知識や感性を磨いた上で経験を重ねていくしかありません。


このバランス感覚は生きていく上で色々と役に立つようになります。
怠け心を出してはいけませんが無理をしてはいけません。
我慢をしてはいけませんが表現には気を付けなくてはいけません。
安定に落ち着くのは良いですが停滞してはいけません。
足るを知るのは大切ですが向上心を失ってはいけません。


自然の摂理は頼るのではなく依るものです。
自然の摂理は感謝する対象であって
なんでも願いを叶えてくれるものではありません。
ですが上手く行っている時は自然の摂理のおかげで
上手く行かない時の大体は自分の心の所為です。


即かず離れずの丁度良い距離を保ちそれを貫き続けると
心の平穏も保てるようになります。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ パーフェクトリバティー教団へ
にほんブログ村

知識を重ねる

作成サイト

http://diagram.jp/correlation/


知識は連なっています。
簡単に図に示しましたが実際には脳は三次元の上
各々の知識は雲のように重なっています。
知識は重ねれば重ねるほど理解しやすくなり
環境にも適応できるようになります。


知識の土台の土台となるのは国語です。
知識の基本は文字で表され読解力が必要だからです。
音楽や図工を習うのは感性を磨くためです。
感性の磨き方で情報の理解力が変わります。


外側にある知識は理解が難しくなり無くても生きていくことはできます。
ですがほんの少しでも良いので雑学程度に知っておくと勘違いを減らすことができます。


現代で神を知っていると言うと最低限の科学も知ってると言うのと同じになります。
科学も自然の摂理だからです。
科学を知らない宗教家は科学の部分に知識の穴が空いてるので
説く教えにも穴が空きやすくなるのです。


神に頼らない方々にお願いしたいのは最低限の宗教の知識を得てほしいことです。
宗教の知識を得た上で神に頼らないという選択をしていただきたいのです。


知識欲、知識を得ようとすることは生存本能に基いています。
子供が好奇心の塊なのは知らないことが生存確率を下げていることを本能的に知っているからです。
自分が細胞の塊であったり病原菌の存在を知るとその分だけ安心するのです。


知識というものはどんなに役に立たなそうに見えても
有れば有った分だけ自身のひらめきや気付きにつながりやすくなります。
そしてその気付きが生存確率を左右させているのです。


にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村

健康と我慢

健康のために好きな食べ物を我慢し後に体を壊してしまったら
何のために我慢したのか分からないし意味が無い、
だったら好きなものだけ食べていたい、という人がいます。


体を壊す前に想像できる範囲で想像するしかないのですが
健康に気を配った場合と配らなかった場合で
体を壊した時に心境の違いが出てくると思います。


健康に気を使い続けてその上で体を壊してしまったら
これが自分の限界なんだと受け入れる時間も短くできると思うのです。
暴飲暴食をした結果体を壊してしまったらきっと後悔します。
なぜあの時医者の忠告を素直に聞けなかったのかと。


我慢はストレスが溜まるのでそれが原因で体が壊れるという主張も
自分の意識が自分勝手に考えている場合がほとんどです。


私は体があまり強くないので食べられないものがいくつか有ります。
カレーやラーメンなどがそうです。
ですがそれらを食べられないことでストレスを感じたことはありません。
美味しい食べ物は他にも色々あるからです。
食べられないものを考えるより食べられるものに対して意識を向けているのでストレスも溜まらないのです。


標準体重を大きく上回っている方に認識していただきたいのは
その体でも生きていられる体に感謝してほしいということです。
私が体重100キロを超えようと沢山食べたら恐らく100キロを超す前に命を落とします。
太ることができるのも体の強さの証なのです。


年を重ねると味覚が変わっていきますが
それは体質が変化しているために体が求める食べ物が変わるからです。
長生きできる方は体が求める食べ物と意識が求める食べ物が一致しているから長生きできるのです。


長生きする秘訣は穏やかな心を持ち、体に感謝し体の状態を把握し
体が教えようとしていることに気付くことだと思います。


にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村