とくみつのひきこもり相談ブログ

7年3ヶ月ひきこもり無職の後、働き始めました。
ひきこもり無職の間、怖い経験をしました。
このブログは自分と同じ目に遭ってほしくないという思いで立ち上げました。

信仰心というクオリア

この記事はPL会員向けの記事です。


私はクオリアの概念を持った後で信仰心を持ちました。
それで気付いたことは信仰心を持つと新たな思考の檻に囚われると気付きました。
それは信仰心が無いというクオリアが想像できなくなり
自分の信仰心を客観的に評価できなくなることです。


信仰心に伴う行動が道に沿っているかどうかの判断は信仰心だけではできません。
私は道徳や科学の知識で判断しています。


科学の知識が無いと病気を科学的根拠が無い儀式で治療しようとして結果死に至らしめます。
病気や怪我はまず病院で適切な治療を受ける、
その後でどういう心構えでいれば良かったのか解説を受ける。
これが現代の宗教の在り方であるべきです。


私が気付けるようになったのも体から説教を受けた時ではなく
お医者さんに統合失調症と診断された時です。
その瞬間に持っていた知識が整理され
信仰心もクオリアとして把握できるようになりました。


信仰心は生存本能が生み出したクオリアの一種です。
ハインリッヒの法則を知っていれば信仰心が無い人より有る人の方が
ちょっと良いことが起きるのは当たり前だと分かるはずです。
信仰心を持っている人はその方が生存確率が上がるから持っているのです。


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恐怖は無いより有った方が良い

恐怖を感じることは大切です。
全く恐怖を感じないと生存確率が下がります。
例えば自撮りをしようとして高所に登り転落死するようになります。


恐怖の感覚は進化の過程で手に入れ遺伝情報に含まれています。
恐怖を感じることは遺伝するということです。


苦痛を感じることも恐怖を感じることも
無いよりは有った方が長生きできるから存在しています。
心の痛みも無いよりは有った方が生存確率を上げることにつながります。


心の痛みが分かる人は思いやりの心を持てるということです。
道徳の基本は人にされて嫌なことはやらないことです。
常に自分を客観視し想像し周りに迷惑をかけてないかを考えることです。
恐怖を感じ負の表現からは距離を置く、時には逃げることも大切です。


人にはそれぞれその人にしか表現できないことが有ります。
それを表現できる人が人生を楽しめるようになるのです。


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宗教家はM理論まで知るべき

この記事はPL会員向けの記事です。


現代ではこの宇宙は11次元で構成されていると考えられています。
いきなり11次元と言われても想像が付かないと思います。
私も最初は全然理解できませんでした。


しかし最先端の科学者達がそう言うなら根拠が有るわけで
その根拠を知った今では11次元だと受け入れています。
その根拠をざっくり記します。


現代の物理学は相対性理論と量子論が主流になっています。
どちらも様々な実験や観測結果から概ね正しいとされています。
しかし問題が一つ有りました。
それは互いの物理学に言及しようとすると矛盾してしまうという問題です。


どちらも物理学ならつながるはずです。
しかし接点である重力子が観測できないこともあり
科学者を悩ませることになりました。
そして相対性理論と量子論を同時に説明できる
統一理論を作ろうとする流れになりました。


まず重力子が観測できないという問題から始まりました。
なぜ観測できないかと言うと重力子は観測するために用いられる電子より遥かに小さくて弱いからです。
なぜ重力子だけがそこまで弱いのかという問題に3次元だけでは説明できなくなり
別次元を足せば説明できるようになりました。
重力子はその4つ目の次元に力が流れているから3次元において力が弱いのだと。


縦横高さの3次元に重力子の力が逃げる4次元、
これに時間次元を足して5次元という考えが生まれました。
4次元以上は観測できないので全て数学の世界で行っています。


そこからさらに10次元まで増やせば
相対性理論と量子論を同時に説明できるようになりました。
空間次元10次元と時間次元を足して11次元、
これが現代の最先端の物理学者達が考える宇宙の構造です。


その観測できない7次元はどこに在るのかと言うとミクロの世界に在ります。
量子論で定義される大きさよりも遥かに小さい世界です。
世界の最小単位まで視点を持ったと過程してみると
折り畳まれた次元が見えてくるのです。
宇宙が誕生した時に3次元だけが広がり
残りの7次元は折り畳まれたまま世界が広がりました。


この11次元論、M理論と呼ばれていますが
このM理論で示された世界を見るとあまりにも出来すぎていることに気付きます。
ほんのわずかな誤差も無い完全な世界が見えてくるのです。
このことから感じるのは人によって異なりますが
宗教家なら間違いなく神を見出します。
だから宗教家はM理論まで知った方が良いのです。


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忠告は救いの手の一つ

忠告を聞き入れられない状態は危険です。
忠告は自分一人では気付け無いことを気付かせてくれるものです。
自分一人の知識では限界が有ります。
忠告を聞き入れないと間違ったまま過ごす確率が上がります。


忠告は自分の過ちを気付かせてくれる救いの手のようなものです。
忠告を聞き入れないことは救いの手を振り払うことになります。


救いの手を振り払い続けると誰も忠告してくれなくなります。
そして死ぬまで自分が間違っていることに気付けず
なぜ自分がこんな目に遭うのだと絶望することになります。


忠告は自分の欠点や短所を指摘されるようなもので
それが嫌だという感覚は分かります。
しかし忠告を聞き入れない状態で自分の過ちに気付ける確率は低いです。
一生気付けずに過ごす方が良いわけありません。
気付くは一時の苦痛、気付かぬは一生の苦痛なのです。


忠告を全て素直に聞き入れることは詐欺師のカモにされるだけ、
このご時世でそう考える人もいると思います。
それは感性を磨いて人を見る目を養うしかありません。
この人の忠告なら大丈夫と思える状態にできるかどうかです。


どうしても忠告を聞き入れられない、
それでも忠告みたいなものを得たいのであれば
ハインリッヒの法則を学びその後に道徳を学ぶと良いです。
それが自分にとっての忠告になります。


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科学による揺り戻し

揺り戻しとは世界が悪い方向に行き過ぎた時に
それを正そうとする流れのことです。


科学の発展でも揺り戻しが起きています。
ドライブレコーダーによって当たり屋が逮捕されるようになりました。
ボイスレコーダーによってパワハラをする上司が告発されるようになりました。
昔なら泣き寝入りするしかなかった事が防げるようになりました。


多くの人がスマホを持ち公共の場で負の表現をしようものなら
複数の人に撮影されネットに拡散されるようになりました。
動く監視カメラがそこら中に有るようなものです。


道徳を理解している人は監視社会でも平穏に過ごせますが
負の言葉を使う人や怒りっぽい人には居心地の悪い社会になりつつあります。
炎上した時に再起不能になるまで追い込もうとするのは道に沿っていませんが
ブラック企業を筆頭に庶民の不満を溜めてきたツケが回ってきたとも言えます。


行き過ぎた監視社会の先にまた揺り戻しが起きるでしょうが
それが訪れるのはかなり後になりそうです。


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