とくみつのひきこもり相談ブログ

7年3ヶ月ひきこもり無職の後、働き始めました。
ひきこもり無職の間、怖い経験をしました。
このブログは自分と同じ目に遭ってほしくないという思いで立ち上げました。

食の気付き

一、暴飲暴食をしない
二、自分の年齢と体質に合わせて食べる
三、色々なものを食べる、旬のものを食べる
四、味わい、美味しいと感じながら食べる
五、いただきます、ごちそうさまと感謝をする


私が得た食の気付きです。
当たり前に見えますが以前の私は気付いてませんでした。


暴飲暴食をすると胃腸、肝臓、腎臓など内臓に負担がかかります。
体質は人それぞれで違い体質に合わないものを無理に食べても
栄養は適切に吸収できません。
体質は生まれながらの体質の他に年齢も関わってきます。
幼年、少年、青年、中年、老年と年齢によって体質が変わり
受け付ける食べ物も変わっていきます。


色々なものを食べていれば現在の科学でも判明していないような
隠れた栄養素も摂ることができます。
旬のものは色々食べようと意識しなくても
自然に変化をもたらしてくれるのでお薦めです。


きちんと味わって食べれば満腹感を得やすく
食べ過ぎることも無くなります。
美味しいと感じながら食べると
ただ栄養補給ができれば良いと思いながら食べるより
心の成長に差が生じます。


私が統合失調症になった原因の一つが食でした。
毎日ほぼ変化の無い食事で美味しいと味わって食べることも無かったからです。
食べることは命のやり取り、自然の摂理との対話です。
命を頂くことを中心に食べ物を手に届く位置に持ってきてくれる全ての人達に対し感謝します。


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割れ窓理論

割れ窓理論とは窓ガラスが割れたまま放置されていると
誰もそれに注意を払っていないことになり
他の窓もいずれ割られてしまうという環境犯罪学理論です。


景観の悪化が治安を悪くするというもので
路上にゴミが放置されている場所は治安が悪くなりやすいです。
逆にゴミが落ちてない場所ではポイ捨ても減ったり
綺麗なトイレならあまり汚さずに使おうという気になります。


景観は感性に与える影響が大きいので
掃除をすることは色々な意味で自分を良くすることになります。


企業はコンプライアンスを唱える前にハインリッヒの法則を、
整理整頓と張り紙する前に割れ窓理論の教育をしっかりやってほしいです。
私は新入社員時代に社会人としての教育を一通り受けましたが
こういった事は一切教えてくれませんでした。


ブラック企業と烙印を押されている企業に限らず
意識を改善するべき所がある企業は多いです。
少なくともハインリッヒの法則や割れ窓理論が浸透しないうちは
ひきこもり問題も解決に向かいません。
逆に言えば日本の潜在能力は依然として高いままなのです。


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私の道

年重ね 命いただく 重み増し 気付く彼方に 見る人の道


2016年は私にとって節目となる年でした。
ひきこもり、統合失調症の状態で死の恐怖を味わい
それから社会人として年を越すことができました。


私の目指す道は宗教・神・信仰といった単語を用いず人の道を伝えることです。
ここに職場で伝えたことを記します。


お腹が空くのは健康な証拠です。
私は絶対怒りません。怒ると寿命が減りますから。
蛍光灯を交換する時はヘルメットを着用してください。
心と体は対等です。自分の体を下に見ないでください。自分を否定しないでください。
お金を頂いて仕事をする意味を分かっていただきたいです。
家族と仕事なら家族を優先してください。
愚痴を好んで聞きたがる人は誰もいません。誰も得しません。
小さなミスが大きなミスにつながります。ハインリッヒの法則を知ってください。
もう少しだけ寛容になっていただきたいです。
天気は人間の力が及ばないので天気に不満を抱くのは無駄なのです。


10か月かけてこれだけしか伝えることができませんでしたが
元ひきこもりなら上出来だと思っています。
私が入社した直後よりも職場の雰囲気は良くなりました。
焦らずに続けていきたいです。


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道を知った時の制約について補足

この記事はPL会員向けの記事です。


前の記事でバチが当たれと思うと
自分にバチが当たるようになることについての補足です。


なぜバチが当たれと思ってはいけないのか。
人の不幸を願うことになるだけでなく他にも理由があります。
バチを当てるかどうかは自然の摂理が決めることであって
一介の人間が決めて良いものでは無いからです。
それを知っていながらバチが当たれと思う時点で道を間違えることになるのです。


もう一つの理由はなぜ道端に空き缶が落ちていたのかについて
想像が及んでいない部分があるからです。
捨てた人間がいるからと考えただけでは足りないのです。
空き缶を捨てた人にそこに捨てる意図が無かった場合もあるということです。


例えばゴミ箱が一杯だった場合、ゴミ箱のそばに置いて放置し
風が吹いて転がってきた場合もありえるわけです。
その場合は自然の摂理が関わってきているので
それに対しバチが当たれと思うのは危険だということです。


空き缶については捨てた人間に不足を思う時点で
心の無駄遣いをしていることになるのです。
そういったことを防ぐためにPLでは
道行く人やすれ違った人に分け隔てなく祝福しなさいと説いているのです。


宗教家が肝に銘じなければいけないことは
虎の威を借る狐になってはいけないことです。
神の威を借りる人間になってはいけないのです。


神を信じないと不幸になるという考えは
間接的に神を信じない人は不幸になれと言ってるようなものなのです。
宗教に頼らなくても幸せを掴んでいる方はいらっしゃいます。
その人達を否定することにもなります。
宗教を信じるか信じないかは宗教側の問題であって
宗教に頼らない人達の問題では無いのです。


去る者は追わず来る者は拒まず。
去る者を追う宗教家にならないでください。


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人の道を知るメリットとデメリット

この記事はPL会員向けの記事です。


道を知ると道に縛られるようになります。
デメリットは負の言葉や負の感情を制約の中でしか使えなくなることです。
無闇に使うと自分の体に何らかの異常やダメージが現れるからです。


使っても良い条件とは創作の世界でのみ使用を許されるということです。
そして創作の世界であっても使ってはいけない言葉が分かるようになります。


もう一つのデメリットは道を知ると寿命が縮むということです。
それまでの自分の行いを清算するために残りの寿命を使うからです。
人によっては呪いとしか思えないでしょう。


私は寿命が減っても道を知れて良かったと納得しています。
寿命を払ってもお釣りが来るほどメリットが有ったからです。


メリットは日常生活においてストレスを感じることがほぼ無くなったことです。
特に天候や気温で不足を思うことは一切無くなりました。
あるがままの自然現象として受け入れられるようになりました。
食べ物がとても美味しく感じられるようになったり
疲れにくくなって夜はぐっすり眠れるようになりました。
大抵の作品は楽しめるようになりました。


これらはほんの一例でメリットは他にもたくさんあります。
中途半端な状態でもこうなので完全に道を理解出来たら楽しいだろうなと思います。



道を知っている上で発生する制約について一つ例を示します。
道端に空き缶が落ちていたとします。
当然拾うわけですがそこでどう想うか。


道を知っていると空き缶を拾うことによって
景観が良くなることに喜びや感謝を見出し徳が上がるわけですが
中途半端な私は「これを拾うと徳が上がるなあ」
とか思いながらやるので徳が上がりません。


道を知っている人として一番やってはいけないことが
「空き缶を捨てるなんてけしからん。バチが当たれ」と思うことです。
そう思うと自分にバチが当たるようになります。
なぜなら人の不幸を願ったからです。


このように道を知ると物の見方や考え方に制約ができるのですが
道を知ればどれも当たり前の事として認識できるようになるので
不便に思うことは無くなります。


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